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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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旧暦の秋を楽しむ:京都夜空プチ散歩

 今年の「秋分の日」は9月23日です。この日付は、いつ、どのように決められるのでしょう。「国民の祝日に関する法律」には、「春分の日」と「秋分の日」の具体的な日付は書かれていません。正式な日付は、前年2月1日の『官報』に「暦要項」が掲載されることで決定されます(注1)。秋分は二十四節気の1つです。旧暦(太陰太陽暦)では、1年は春(1~3月)、夏(4~6月)、秋(7~9月)、冬(10~12月)の4つの季節に分けられます。旧暦と新暦では、平均1ヶ月ほどのずれがあり、旧暦の7月は、新暦の8月にあたります。
 今回は、旧暦の7月に行なわれた「京の七夕」(写真1)を紹介します。7月7日の夜、牽牛星と織女星が年に一度、「天の川」を渡って出会う「七夕」は、別名「星祭」といわれます。「七夕」は、地域によって新暦の7月7日に基づいて行うところと、京都のように旧暦7月7日に基づいて行うところに分けられます。
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写真1 「京の七夕」ライトアップされた笹竹と短冊

 2014年8月8日に、京都市上京区の府民ホール・アルティで冷泉家に伝わる「乞巧奠」(きっこうてん)を鑑賞しました(注2)。冷泉家は平安、鎌倉時代に歌聖と仰がれた藤原俊成、定家父子を祖先に持つ「和歌の家」です。冷泉家では、七夕に彦星と織姫に供え物をして、蹴鞠、雅楽、和歌などをたむけて技芸の上達を祈る祭事を行います。琵琶や琴をしつらえた祭壇を背景に、舞台に「天の川」に見立てた白い布をしき、古式豊かな装束の男女が和歌を贈答し、一夜を過ごします(注3)。
 京都では、この時期に「京の七夕」(8月2日~11日)のイベントがあちこちで開催されます(注4)。写真2は、二条城近くの堀川遊歩道に、竹のアーチとLEDで幻想的な「光の天の川」が再現された様子です。
 『旧暦で日本を楽しむ』(注5)は、毎日、月を見ること、月とともに暮らすことを提案しています。あなたも、月の満ち欠けを身近に感じ、季節の移ろいや伝統行事に親しんで、日本ならではの風流を味わってみませんか。9月9日の夜空には「スーパームーン」(月と地球の距離が近く、普段よりも大きく見える満月)が浮かびました。次に「スーパームーン」が見られるのは来年9月28日です。
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写真2 「京の七夕」堀川会場「光の天の川」

注1 「国民の祝日」について 内閣府(http://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html)
注2 技芸上達、星に願う冷泉家「乞巧奠」『京都新聞』2014年8月8日
(http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20140808000131)
注3 六条院四季の移ろい:七夕(http://www.iz2.or.jp/rokushiki/7.html)
注4 京の七夕 (http://www.kyoto-tanabata.jp/index.html)
注5 千葉望著 『旧暦で日本を楽しむ』(講談社、2014年刊)

教授 吉田昭子
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# by bwukokusai | 2014-09-23 09:00 | 教員コラム

A Changing America

  I think I was fortunate to grow up at a time in America when there were still many small farms and vibrant farming communities. Unfortunately, the ‘country’ way of life is disappearing. The number of farmers has decreased from 12.2% of the population in 1950, to only 2.2% in 2007. With this decrease has come a concurrent change to American society as it moved from a rural to urban orientation. Some of these changes have been good, but I can’t help but be a bit nostalgic for the life on the farm and the close-knit farming communities I knew in my youth. I also miss the slower-paced, quiet, peaceful life surrounded by nature. Such a life isn’t meant for everyone, but for me, watching the sunset and sunrise over the fields, walking through woods, hearing the birds, being around animals, and watching hundreds of lightening bugs at night is the best way to relax I know.
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教授 チャールズ・ヒューベンソール
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# by bwukokusai | 2014-09-16 10:00 | 教員コラム

インディアンサマー (Indian summer)


暑い夏が過ぎ、今後残暑はあるものの秋は着実に進んでいる。寒さが支配的になってきた頃に暖かな日差しが差し込む日を誰しも経験したことがあるだろう。このような天候を我々は小春日和と呼んでいるが、そうした天候を英語ではインディアンサマー(Indian summer)と呼ぶ。今回はこのインディアンサマーについて触れてみる。

インディアンサマーという表現は、北アメリカ東部のニューイングランド地方で最も頻繁に使用されるが、現在ではアメリカ以外の英語を話す国々でも用いられ、日本の小春日和にほぼ相当する天候をさす。晩秋から初冬にかけ寒さが厳しくなり始めるころ、暑さが戻り暖かく乾燥し霞のかかった天候が本来のインディアンサマーである。このような天候になる理由は、高気圧がこの時期に発達しやすいからだといわれている。

インディアンサマーという表現の使用は18世紀にさかのぼるが、なぜインディアンサマーと呼ばれるのか起源に関して諸説あるのでいくつか紹介してみる。その一つは、アメリカインディアンが冬に向けて狩りをして収穫物を貯蔵する習慣と関係があると言われている。冬支度をするために夏の間のように働くということから、インディアンサマーと呼ばれたという説。あるいは、インディアンの住んでいた地域に特にこのような天候が多く見られたからだという説。 または、18世紀後半植民地をめぐる争いがあったころの北アメリカで、入植者に奪われた土地をインディアンが奪還しようとして襲撃が多くなった時期から由来しているという説。ヨーロッパからの移住者たちがインディアンと取引をした際に本国の物と違う物をつかまされたという経験からインディアンを偽物という意味で捉えるようになり、寒くなってから暖かい日は長く続かないことから「偽物の夏」という意味でインディアンサマーが使われたという説。インディアンの伝説で神様が冬の前にキセルでタバコを吸い、その煙が暖かな一日を生み出すという説。インディアンギバー(人に物を与えておいてそれを取り返そうとする人)から由来しているという説等々。以上のように起源に関しては諸説あるが、どれもアメリカ先住民族のアメリカンインディアン(現在ではネイティブアメリカンというのがふつう)と関係していることは確かである。しかしどの説から由来したのかは定かではない。また、インディアンサマーは「晩年の穏やかで落ち着いた生活の続く一時期」とか「人生や時代の円熟した晩年期」という比喩的な意味も英語にはある。

他の国では同じような天候を指す表現があるのだろうか? 英国では、11月11日の聖マルティヌス祭の頃に夏のように暑くなることから、「聖マルティヌスの夏(Saint Martin’s summer)」という表現が使われ、ドイツでは、「老婦人の夏」、ロシアでは「婦人の夏」、中国では「小陽春」または「小春」という表現が使われているようだ。 
               

教授  石田 名都子
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# by bwukokusai | 2014-09-09 13:42 | 教員コラム

TAO と wet blankets

 文学作品の劇化等の関連から、エンターテイメント文化論という科目も来年度から担当する予定である。そういう立場でもあるため、「忙中閑あり」を何とか実践して、上質のエンターテイメントに直に触れるように努めている。7月末に、天王洲にある銀河劇場で上演された「TAO drum rock 琳と凛 ~美しき日本の姿~」を見に行った。TAO は、鍛え込んだ強靭な肉体による和太鼓演奏を中心に、ダンスやアクロバット的な要素まで盛り込んだ演技を披露するグループだ。大学での仕事だけで頭がいっぱいになりがちな私は、彼らをミラノ万博に連れて行きたいと狙っている友人に誘われての鑑賞だったが、確かに「日本を代表するエンターテイメント」と呼ぶにふさわしい内容だった。
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 我らが文化学園の卒業生であるコシノジュンコさんがデザインした「コンテンポラリーJAPAN」を伝える衣装は、抑制のきいた華やぎを醸し出していた。凛とした和の衣装に身を包んだアーティスト集団は、日本の粋とストイシズムに支えられた情熱を、全身で表していた。「現代のサムライ」を意識した黒をベースにメタルをちりばめた衣装や、天女の羽衣の動きを彷彿とさせる帯なども、演技内容にぴったりと合っていた。もちろん和太鼓の演奏が一番の出色だが、とび職のような動きや火消の出初め式を思わせるような短い演技、拍子木の音だけを劇場空間いっぱいにしだいに広げていき観客の感覚を切り替えさせる見事な工夫――あらゆる実験的な要素も、日本人にとっては悪戯に刺激的ではなく、心の土壌に水がすっと浸み込むように自然に受けとめられて、あらゆるくすぐりが心地よい。男性達の刺激的な演技を縫うように、女性達は哀愁を誘う横笛を吹いて鎮静と凪をもたらす。これらの好バランスが何とも心憎く、予定が許せば何度も足を運びたくなるような内容であった。

 しかし、興ざめだったのは、劇場サイドの案内である。劇場前で、何かの呼び込みかと思わせるような声を張り上げて、「ここは公道です!」と劇場内に早くから入るように人々を誘導していたが、その様子にいやな予感はしていた。入って行くと、「グッズの購入は、公演後は大変込み合いますので、いまのうちに……!」と、これまた声を張り上げている。そして、客席についてからは、「撮影は、ご遠慮下さい」という言葉を、放送と男女がかわるがわるに現われて叫ぶ地声で、少なくとも六回は聞かされた。他にも、インターミッションでは、「前の手すりに物を置くと、大変危険です」「前かがみになっての鑑賞は、回りの方へのご迷惑になります」などなど、およそ魅力的でない叫び声が、さっきまで人々をうっとりさせていた空間に耳障りに響く。図図しい人が何かしてしまった後で「駄目なら先に言っておけよ!」と居直る前に、全員を巻き込んで説明義務は全て果たしておこうとしているのだろうが、仕事帰りに大人のゆったりした夕べを楽しみにきた大方の観客達にとっては、何とも無粋で洗練のかけらも感じられなかった。神経質で余裕のない形だけのパターナリズムは、エンターテイメントの場にそぐわない。

 海外の劇場等で、こういった説明をうるさく感じたことは、一度もない。サブカルチャー的なエンターテイメントの場で、多少の説明があったとしても、ユーモアを織り交ぜてさりげなくすませてくれる。幕間に人々を追い立てるような放送など聞いたこともない。劇場に行く際に受けた注意と言えば、「あそこの劇場は座席が硬いから、クッションでも持っていくといい」と劇場部外者から言われたことぐらいしか記憶にない。何の注意もないから、写真をここで撮ってもいいかしら、とこちらから聞くと、「どうぞどうぞ、そんなに価値のあるものと思ってくれて嬉しい」と言われたり、駄目な場合でも、劇場の様子を静かに見守っている支配人のようなおじ様が、にっこりとした笑顔で、”Thank you for asking.” と返してくれたりするのが普通だ。

 日本でも、小劇場だったり短期的に特設の芝居空間が組まれたりしている場合には、しっとりした絶妙な案内をされることが多い。2012年5月に、John Steinbeck 作 Burning Bright が、渋谷のギャラリー・ルデコで本邦初演を迎えた時も、そうだった。劇空間として選ばれていたのは、コンクリートがむき出しにされた灰色のL字型スペース、舞台にただ一つ置かれている木製の机に視線を注いでいると、にこやかな男性に席の好みを聞かれた。彼はたしか、チェックのシャツを着ていたと思う。フロアーには簡単な折り畳み椅子も置かれていたが、「ある意味、一番見やすい場所です」と教えてもらったのは、外資系大型ディスカウンターにある金属パイプ製商品棚のようなしつらえの上段で、そこには園児向けのような可愛いクッションが置かれていた。「面白い……!(心の声)」その棚に座って足をぶらつかせながら、劇への期待はいやおうなしに高まった。上演が開始されると、原作には登場しない緑色の衣装を着た妖精が現れ、劇への導入役を買って出た。よく見ると、それは先ほどの男性で、見る者は二重の形で劇中世界に誘われているというしゃれた計らいだった。かくして、観客の現実的感覚は、巧みに麻痺させられていったのだ。

 要するに、パフォーマンスや芸術を理解し愛している案内人に誘われれば、鑑賞者達は非日常世界にすっと入り込んで、心行くまで楽しめるのだ。いずれにしろ、今夏7月23日の銀河劇場では、「何という言葉の浪費だろう」と溜め息をついた。私は日頃、言葉にこだわる仕事をしているが、あの日の公演では、TAO の言葉なくして観客を虜にする演出に聞き惚れ見惚れていた。歌声さえも掛け声の範疇を逸脱しないように計算されて、奏楽を小気味よく引き立てていた。そのすべての完璧さを、むごたらしく中断し壊していた場違いな叫び声の数々……。「throw a wet blanket (興ざめなことをする)」 という表現を、耳にしたことがあるかもしれない。あの日は、何十枚ものwet blanketsが観客席に投げ込まれていた。日本には他国のそれを凌駕する素晴らしいエンターテイメントがあるのに、それを取り巻く環境をふくめて成熟した文化と呼ぶには、まだ何かが足りない。
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教授 久保田 文
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# by bwukokusai | 2014-09-02 09:00 | 教員コラム

短期旅行で英語を磨こう

 本学では、毎年8月中旬から9月上旬にかけて、アメリカ合衆国シアトル市で文化・語学研修プログラムを実施しています。これは大学の授業なので、研修前の英語レッスン、シアトルの地域研究を行ってからの参加となります。現地では、午前中に英語研修を受け、午後にはベルヴュー市内の見学、現地の高校生との交流、アメリカならではのボランティア活動に参加します。学生にとって一番の体験となるのは、やはり1家庭1名のホームステイ体験でしょう。日本語が使えない環境にあって、ホストファミリーと四苦八苦してコミュニケーションを図った体験が、帰国後には英語習得のモチベーションをさらに上げます。大学の4年間のうちに国外での経験を積むことは、異文化体験の少ない日本人学生にとっては大変意義のあることだと確信しています。

 ただし、アメリカ合衆国での約1か月の研修費は35万円を超え、多くの学生が参加できるというわけにはいきません。そこで大学生に安価で英会話の実力をつけてもらうため、本学でもフィリピンでの語学研修(単位取得不可)を薦めております。1週間程度の滞在でおよそ8万円の研修費は、学生にとって魅力のはずです(注1)。英会話教師は英・米・豪・加の英語話者がほとんどで、比較的治安もよく日常的にも英語を話すしかない環境は、ほぼ同距離・同価格のグアム・サイパンでの英語研修で日本語が使えてしまうことに比べると、理想的といえるでしょう。英語圏であるオーストラリア・ニュージーランドの研修では20万円程度を覚悟しなければならず、シンガポールやハワイでも10万円を超すのが通常です。

 学生に限らず英会話を上達させたい人に薦めたいことは、フィリピンでの英語研修(グアム・サイパンも含め)のような安価で短期の語学研修を1年のうち数回繰り返すことです。1週間程度の休みを使い、春、夏、秋、冬に英語しか話せない環境に身を置くこと、これを実践すると、日常会話程度なら簡単に身につきます。大学時代の私の友人は、毎年夏休みにアメリカ合衆国で1か月ほど知人宅に滞在しておりましたが、英会話力は英文科の学生の中でも群を抜き、アメリカ人教師と様々なトピックについて議論ができるほどでした。長期留学が望めなくとも、旅行程度の経験でも繰り返すことで言語は習得できるのだということを、この友人を通して実感しました。

教授 白井菜穂子

(注1)担当部署は国際交流センター。費用は研修地や語学学校による概算。
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# by bwukokusai | 2014-08-26 10:00 | 教員コラム