文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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チューターパーティー2013

以前にも本学部の留学生対象のチューター活動についてご紹介する文を書きましたが、今回はその続きです。(http://bwukokusai.exblog.jp/9843978/  http://bwukokusai.exblog.jp/18144823/)
チューター活動は基本的に留学生と日本人のペアまたはグループで行いますが、全員の親睦を深めるために、1年に何度かグループを超えた全体でのイベントが行われます。今年は前期にバーベキューパーティーを行い、後期イベントとしてチューターパーティーを11月14日に学内で行いました。日本人学生も留学生も、先輩も後輩も教員も一緒になって、今回も気の置けない仲間とわいわい騒げる楽しいイベントとなりました。
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乾杯をし、みんなでおいしく食べながらとりあえずは自己紹介。自由な質問では「彼氏は?!」「好きなタイプは?」「本当のことを言ってください!」など恋愛関連の質問をするのがお約束になっていました。きわどい質問もあったんだけど、みんな逃げ方がうまかったです(…が逃げるのに失敗した人も)。

お腹が落ち着いた頃、田中さん提案・司会の「私は誰?」ゲームに入りました。下の写真で、みんなの額に貼ってあるのは一人一枚ずつ動物名を書いた付箋です。このゲームは他の人が書いた付箋を、自分から見えないように額に貼ってもらい、みんなに質問をしたりヒントをもらったりしながら、自分の付箋に書かれた動物名を当てるものです。
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最後に残った人が罰ゲームというルールなのですが、みんな、相手にヒントを出す出す。チューター活動に参加する人は基本、世話焼きなのかもしれません。また、みんな別々に秘密にお題を書いたのにいくつかがカブっていて、カブった人同士が「あなたのはねえ」と言いつつ、真剣にヒントを出し合っているのも笑えました。はたから見れば、二人とも額に「ウサギ」と書いてあるのですから。

その次は「古今南北」というゲームです。「山手線の駅」などのテーマについて一人一つずつ秘密の地雷ワードを決めておきます。全員決まったらゲーム開始。一人ずつ順番にテーマに属する名前を一つ言っていきます。誰かの地雷ワードを言っちゃった人はアウトになりますが、その際、そのワードを考えた人が言った人に対して、指を差して「ドーン!」というのがお約束です。アウトになった人にはマイナス点が、アウトにした人にはプラス点がつきます。
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今回は駅名の他「47都道府県」「アジアの地域名」などのテーマで、息詰まる?攻防戦が行われました。「都道府県」のとき、ゲーム開始直後に「沖縄!」と言った金さんがいきなり地雷ワードに当たってしまい、「ドーン!」と言われて目を白黒。観光地として海外でも有名な県だから避けておいた方がよかったのかも?「駅名」では「高田馬場」と言った呉さんが3人から「ドーン!」と言われ、マイナス点が3倍に。高田馬場に思い入れのある人が多かったみたいです。テーマと同時に参加者一人一人について知っているほど対策も立てやすかったかもしれません。
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こんなことをしていると2時間は飛ぶように過ぎます。最後にみんなで記念写真を撮りました。
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今年は特に積極的な人が多く非常に盛り上がりました。事前の買い出しもみんなで行くと楽しみの一つ。どれだけ参加しどれだけ楽しめたかが、異文化に限らずどんな交流にも重要ですよね。いろんな違いがあったとしても、心から打ち解けて笑いあえる経験や何かをなすために協力し合える経験が豊かな交流のきっかけになるものだと思っています。

後期活動はまだ続きます。それぞれのペアやグループに戻った時も、より楽しく深い活動を続けていってほしいと思います。


参考図書
すごろくや(2013)『大人が楽しい紙ペンゲーム30選』スモール出版


准教授 星 圭子


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by bwukokusai | 2013-11-26 10:00 | 教員コラム

日本語学校は世界への窓

11月2日から4日まで、文化学園大学、文化服装学院、文化外国語専門学校の文化祭が新都心キャンパスで行われました。いつもは小平キャンパスにいる国際文化・観光学科の学生たちも展示・バザー・模擬店などに参加し、祭りを盛り上げました。

私は2日に文化外国語専門学校で行われたスピーチコンテストに審査員の一人として呼ばれました。文化外国語専門学校は定評のある日本語教材を数多く発行している学校で、現代文化学部日本語教員養成課程の学生たちが授業見学をさせて頂いています。

日本語科での選抜を経てきた6名はとても落ち着いて堂々と発表していました。全員、原稿も持たずに発表していたのが印象的でした。4月からの約半年でよくもここまでと審査員一同感心しました。

1.イリナさん ラトビア 「死なない方法」
 ~創造したものの中には自分の個性が宿り、生きたという足跡を残すことができます。~
2.ステイシーさん シンガポール 「一緒にポジティブな生活をしてみませんか」
 ~ポジティブな態度・発言をすることを心がけましょう。~
3.ペンさん カンボジア 「一人で外国で生活すること」
 ~当初「まずくて食べにくい」食べ物しか作れなかったけれど、今は楽しい生活です。~
4.陳さん 台湾 「隣の花は赤い」
 ~海外に憧れる一人だったけれど、自国のことをあまり知らなかったことに気づきました。~
5.アイシャさん セネガル 「確かにそうかもしれません」
 ~「確かにそうかもしれません」と日本人が言う時の意味が分かってきました。~
6.李さん 台湾「毎日の十分間デート」
 ~一日の終わりに嬉しいこと、有り難いことを思い出しています。~


日本への留学という異文化体験を通じて気づいたことを話してくれた人、降りかかった試練を乗り越え、その体験を通して得たことを語ってくれた人、どのスピーチも内容豊かなものでした。その中でセネガルのアイシャさんが最優秀賞に輝きました。
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久しぶりに日本語学校の雰囲気に触れ、楽しい気持ちになり、次の日に行われた野外ステージ『国際文化フェスティバル』も見に行きました。

1.ダンス“A Million Ways”  ラトビア・モロッコ・ポーランド・スウェーデン
  “OK Go”というアメリカの男性4人グループの歌で、EUの国で人気があるのだとか。
2.マーシャル諸島のフラダンス  マーシャル諸島・グアテマラ・台湾・インド
  マーシャルの学生が他の3名に伝授したのだそうですが、にわか仕込みとは思えないくらい上手でした。マーシャル諸島と台湾の学生は女性、グアテマラとインドの学生は男性です。
3.カンナムスタイル 韓国・中国・モンゴル・香港
  スーツ姿の、サングラスをかけた韓国人男性を4人の女の子が囲み、ちょっぴりセクシーで、ノリのいいダンスを披露してくれました。
4.サマン・ダンス  インドネシア12名
  2011年、ユネスコの無形文化遺産に登録されたアチェ州の踊りです。良く揃っていて会場から何度も拍手が沸いていました。特殊な発声の掛け声が印象に残りました。

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自国の伝統的な踊りだけでなく、多国籍の学生たちが国籍にこだわらず一緒に作り上げることを楽しんでいる様子が感じられました。文化外国語専門学校の先生によると、学生さんたちは文化祭に向けて毎日、時には授業に対するより熱心に練習を重ねていたそうです。

文化祭というのは、作り上げる過程を楽しみ、当日皆で楽しむお祭りなのだと改めて気づかされました。文化外国語専門学校には現在27ヶ国からの学生が在籍しているそうです。展示会場では、留学生たちがいろいろ説明をしてくれます。来年度の文化祭には、文化外国語専門学校にも足を伸ばしてみたらいかがでしょうか。

追伸:現代文化学部には日本語教員養成課程が設置されています。ご興味のある方は本学科教員にお問い合わせください。また、日本語学校に関心をお持ちの方は、日本語学校の日常をネタにした、『日本人の知らない日本語』1~4(メディアファクトリー)という漫画がお薦めです。

教授 齊藤眞理子


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by bwukokusai | 2013-11-19 09:00 | 教員コラム

近代教育の3段階について

 ほぼ三ヶ月の期間で春夏秋冬がそれぞれ巡って来る日本は、まことに四季に恵まれた自然の豊かな地である。春と夏が主に身体的な躍動の時だとすれば、秋と冬はどちらかと言えば知的・精神的な収穫を求める時期だと言えよう。“読書の秋”などと言われて来たが、まだまだ死語にはなっていないことを期待して、立冬の日にあって、思考や思索を一層深めて行って欲しいものだと、学生たちに勝手に期待を寄せている。

 さて、18世紀から本格化する近代も、昨今の様子を一瞥すれば、所謂先進国にあっては本格的に店仕舞の段階に入って来たように感じる。次はどのような店が開くのかはまだ良く分からないが、近代のもたらしたものを帳簿の上で点検してみることは必要であろう。正(+)のものも有れば負(ー)のものもあろうが、その中で引き続き発展させていくべきだと思われるものに、“近代学問”がもたらした自然、社会、人間についての探求がある。
 自然については、物理学を中心に大宇宙のことから地球環境・生命の発生まで;社会については、人間社会の発生から集団としての来歴、そして今日の人間関係まで;人間については、自分は何者であるのか、生きるとはどういう意味があり、死ぬことにはどういう意義があるのかについて、個としての人間存在と集団としての人間存在の特徴とあり方を探求して来た。

 近代教育の中で、初等教育(小学校)と前期中等教育(中学校)は、どちらかと言うと、現在ある社会にいかに適応して生きていくかに主眼がおかれており、放っておけばただの世間的民衆にしかならない人間を国民国家の成立基盤である“国民”に育成することにある。
 後期中等教育(高校)はそれまでの過程とその成果をさらに強固なものにするとともに、より意識的・能動的に近代を支え、国民国家を発展させ、深化させる人材を養成する場としての高等教育(大学・大学院)への繋ぎの役割を果たすことにある。ここまでは、いわゆる“勉強(原義:無理して頑張ること)”や“学習(原義:真似ることと反復すること)”で過去の知的遺産の骨子を習得することがその方法である。
 高等教育では、おもに“近代学問”が行われ、自然・社会・人間についての積極的な探求がなされ、特に“教養”が、つまり自然・社会・人間の三者が有機的な繋がりを持ったものであり、不可分のものとして相互に浸透し影響し合っていることを理解するとともに、そこに自分がどのように係わっていくかを“探求する場”である。教養とは単なる雑多な専門知識の乱雑な集積ではなく、“綜合性(有機的な脈絡を持っていること)”を持った知識の集積であることに注意が向けられねばならない。ここでは、学生にとっての勉強や学習は暗黙裏に当然の習慣的行為とされ、求められるのは“それ以上の何か”、“自ら探求する力”“知識を綜合化する力”を養成することである。よって、学生は小・中・高校の“生徒(徒弟)”のつもりで勉強や学習をやっているようではまったく話にならないのであり(それさえしないのは論外である)、“自ら探求する力”“知識を綜合化する力”を身につけるために必要なことを“学生”として勉強し学習するのである。

 以上のことから、大学への進学率が高まること、そして高等教育を受けた人間が国家・社会に広く存在することは、数量的にはその国家なり社会なりの質が高まることを保証するものであり、そこから更なる活性化が期待されると言えよう。勿論、そこには「高等教育機関で真面目にそしてまともに“教養”が探求されている」ことが前提であり、この前提が成立していないならば、大学はその社会的な存在意義を失っていると言われることになろう。

准教授 窪田忍


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by bwukokusai | 2013-11-12 09:00 | 教員コラム

いまどきの日本語  ― 「ら抜き」と「さ入れ」 ―

「明日、何時ごろ来れる?」
「ちょっと私にも言わさせてください。」

上の例文中の「来れる」「言わさせる」は「ら抜き言葉」「さ入れ言葉」と言われ、「正式」の日本語としては認められていません。しかし、特に若い人の中には「『来れる』『言わさせる』のどこがいけないの?」と思う人もいるでしょう。今日は、その疑問はいちがいに否定されるものではないということをお話ししたいと思います。

まず「ら抜き言葉」から見てみましょう。いわゆる「ら抜き言葉」とは可能の意味の「見られる」「来られる」等を「見れる」「来れる」のように言う言い方のことです。「見る」「寝る」「食べる」等の一段活用動詞と「来る」(カ行変格活用動詞)が可能の意味を表す場合は「~られる」の形が正式の形であるので、「見れる」「来れる」という言い方は、正しい形から「ら」を抜いた形だというわけです。
しかし、ここで立ち止まって考えたいのは、では、「帰る」や「登る」等の五段活用動詞の可能の形は、なぜ「帰られる」や「登られる」ではなく、「帰れる」「登れる」が正式の形になっているのかという点です。「帰れる」「登れる」だって「ら抜き」と言えば「ら抜き」です。でも、それらは批判の俎上には載せられません。なぜでしょう?

実は、明治くらいまでは、「帰る」「登る」「読む」「行く」のような五段活用の動詞も、可能の意味を表すのに「帰られる(r‐areru)」「登られる(r‐areru)」「読まれる(m‐areru)」「行かれる(k‐areru)」と、「~aれる」の形が用いられていました。次の例を見てください。

「何たらいふ骨の多い、いやァな焼肴じゃ。とても喰われたもんじゃない。」(坪内逍遥『当世書生気質』明治18年)

「行かうと思えば何時でも行かれるんですがね。」(夏目漱石『吾輩は猫である』明治38年)

「此窓から望まれるものと言えば、現に丑松が奉職して居る某小学校の白く塗った建築物であった。」(島崎藤村『破戒』明治38年)

「手紙には頷かれない節も多かった。」(徳田秋声『元の枝へ』昭和元年)

現在では「喰える(eru)」「行ける(k‐eru)」「望める(m‐eru)」「頷ける(k‐eru)」(「~eる」)と言うところが、かつては「喰われる(w‐areru)」「行かれる(k‐areru)」「望まれる(m‐areru)」「頷かれる(k‐areru)」のように「~aれる」の形が使われています。現在、しばしば槍玉に上げられる一段動詞等の「ら抜き」ですが、同様の変化が五段動詞においても起こっているわけです。「帰れる」「登れる」が使われ始めたころには、「そんな言い方はおかしい」ときっと感じられていたはずです。

では、なぜ、「~aれる」(られる)から「~eる」(れる)への変化が起こるのでしょうか? これには、合理的な理由が認められます。つまり、「ら抜き」のほうが「言いたいことが誤解なく伝わりやすい」という伝達上のメリットがあるのです。「来られる」と言うと、「いらっしゃる」の尊敬の意味なのか、「試験前に遊びに来られて勉強できなかった」の受身の意味なのか、「明日来ることができますか」の可能の意味なのかはっきりしません。それに対して、「来れる」と言えば、一発で「来ることができる」(可能)だと分かります。
五段動詞においてすでに「ら抜き」が完全に認められているように、今問題とされている一段動詞等においても「ら抜き」が認められるのは時間の問題だと思われます(注)。

「ら抜き」に関連してもう一つ触れておきたい表現があります。「さ入れ言葉」です。これは、五段活用動詞の使役形は、「書かせる」「言わせる」「飲ませる」のように「~せる」となるのが本来の形のところ、「書かさせる」「言わさせる」「飲まさせる」のように、「せる」の前に「さ」を入れたものです。この「さ入れ言葉」には、「ら抜き言葉」のような意味伝達上の効率を高めるといった背景は認められませんが、これにも理由があります。それは、五段活用以外の動詞の使役形は、すべて「させる」で終わるのです。「食べさせる」(一段)、「来させる」(カ変)、「勉強させる」(サ変)のようにです。ということは、五段活用動詞の場合も最後の形が「させる」になれば、日本語の使役形はすべて「~させる」という形で統一されることになるのです。これも、一種の合理化と言えるのではないでしょうか。

(注)なお、第20期国語審議会(平成7年)は、「ら抜き言葉」の合理性と使う人の広がりを認めつつも、本来の形を使うと言う人もまだまだ多いこと、新聞等では「ら抜き言葉」はほとんど用いられていないことなどを理由として、「共通語においては改まった場での『ら抜き言葉』の使用は現時点では認知しかねるとすべきであろう」としています。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/20/tosin03/09.html

<参考文献>
庵功雄他(2000)『初級を教える人のための 日本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク
池上彰(2000)『日本語の「大疑問」』講談社プラスアルファ新書
吉田金彦(1971)『現代語助動詞の史的研究』明治書院


教授 加藤薫


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