文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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ロイヤル・ワラント

今英国はロイヤルベイビー誕生の話題で沸き立っています。今回はそんな英国王室と関係のあるロイヤル・ワラントを紹介します。

ロイヤル・ワラント(royal warrant)とは、「王室御用達許可証」の意味で、英国の王室に定期的に品物やサービスを納める企業や個人に与えられるものです。ワラントが与えられた商店などはロイヤルアームスという紋章を店頭に掲げたり、商品のパッケージにその紋章を印刷することが出来ます。

現在このワラントを与える権限をもっているのは、エリザベス女王、女王の夫君エディンバラ公、そしてチャールズ皇太子の3人のみです。それぞれが気に入ったものに対して王室が厳正な審査をしてワラントが与えられます。ワラントが与えられると紋章を掲げることが出来ますが、エリザベス女王の紋章はイングランドの象徴のライオンとスコットランドのユニコーンが盾を掲げているデザインです。エディンバラ公の紋章は、同公がデンマーク王室の血をひくギリシャの王子であることから、デンマークとギリシャの国旗をモチーフにしています。チャールズ皇太子の紋章はエドワード6世から引き継いだもので、3本の鷲の羽がデザインされたものです。
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王室御用達というと高級なイメージがありますが、車、靴、紳士服から、お菓子、ジャム、洗剤やトイレットペーパーにいたるまで手軽に買える日用品、また修復点検等のサービスまで様々です。洋食器のウエッジウッド、紅茶のトワイニングやフォートナム・アンド・メイソン、衣料品のバーバリーなど、日本でもよく目にすることができる品物も多く含まれています。

初のワラントはヘンリー2世が1155年に許可したもので、ヴィクトリア女王の時代には2000件も許可され、歴代の王室の中でも一番多くワラントを授けたと言われています。18世紀半ばに始まった産業革命の大量生産により製品の品質に問題が生じたり、諸外国からの輸入量が大幅に増え価格統制が利かなくなったりとイギリスの産業に対して危機感が生じ始めたため、女王はより多くのロイヤル・ワラントを授けて質の高い製品を作る企業に評価を与えようとしました。また、国民に自国製品の消費を促すことにより、英国の産業の育成を図ろうとした狙いもあったようです。

このワラントには有効期限があり、5年ごとに更新され、品質などの低下が認められるとワラントの剥奪もあるという事です。現在は英国内の登録は800~1000社近くあるといわれています。ワラントを授かった企業などは王室の方々の好みなどを口外することを禁じられており、万が一口外した場合はワラントが剥奪される場合もあります。

800年以上にも及ぶロイヤル・ワラントの歴史には、品質を追及し技術を磨いてきた職人たちとそれを誇りにしてきた本物にこだわる英国民の精神が反映されていると思えます。

私たちの周りにも、ロイヤル・ワラントが与えられた品物を容易に見つけることが出来ます。紋章はとても小さく印刷されていますが、皆さんも見つけてみてはいかがでしょうか?

教授 石田 名都子
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by bwukokusai | 2013-07-30 10:00 | 教員コラム

チューターのみんなで公園バーベキュー

いよいよ夏らしくなってきました。夏といえば「海!」「山!」「スイカ!」「花火!」いろいろ楽しみがありますが、親しい人たちとのバーベキューもその一つではないでしょうか。

小平キャンパスでは、新入留学生と日本人上級生でペアを組んで、お互い交流し合ったり助け合ったりするというチューター活動を行っています。普段はペアやグループ単位の活動をしますが、年に数回全体でミーティングやイベントを行い、親睦を深めています。

今回、チューターグループでは、7月13日の午後から、小金井公園にてバーベキューパーティーを行いました。企画・準備・引率してくれたのは、学国3年のチューターの皆さんです。万が一雨ならボーリング、という計画も作ってくれてあったのですが、天の恵みで晴れまして、しかも、暑くはあれど、ぎらぎらと照りつけはしない天候となりました。

チューターのみんなの他にお友達も参加して、ワイワイと楽しく食べつくしました。栗山先生が持参のバーベキューコンロの前に陣取り、みんなに「お父さん」と言われつつ、わんこそばのように次から次へと焼いてくれます。特製チキンウイングも出ましたし、シシャモまでありました。ビーフもポークもあり、パプリカと一緒にバンズに挟んでも食べられます。写真では肉が少なく見えますが、それはすぐになくなってしまうからです。トウモロコシを差し入れてくれた人もいて、それも甘くて香ばしい焼きトウモロコシになりました。
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緑の濃い、広い場所でリラックスして、おいしいものを作りながら食べながら、気のきいた音楽を聞くともなく聞きながら、仲間たちとのんびりたわいもない話をしたり、からかいあったりして笑い合うという、それだけのことがこんなに楽しいというのも不思議です。でも、そんなもんなのですよね。いつも会うわけではない人とも、校舎という雰囲気の中ではできない話もできたのではないかと思います。

マシュマロを焼いて、スイカも出て、時間いっぱいタイムオーバーとなりました。おなかも一杯、最後の記念写真がこれです。
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後期にもまた、より親睦を深めていける機会を持ちたいと思っています。今回来られなかったみなさま、ふるってご参加ください。


准教授 星 圭子
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by bwukokusai | 2013-07-23 10:01 | 教員コラム

オマーン・スルタン国

オマーンという国がどこにあるか知っていますか。
サッカーの試合に関して位しか日本のマスコミには出てこない国ですね。

先日、日本・オマーンクラブ主催のオマーン料理教室とアラブ部族社会についての講演会があり、大使館に出かけてきました。広尾にある瀟洒な建物で、応接室には良い香りが漂っていました。

オマーンは1998年に参加した第10回世界青年の船の寄港地の一つでした。首都マスカットに入港したときの歓迎放水、楽隊によるパレード、そしてコーヒーポットや船のレプリカの見られる街の様子…。ゆったりとした時の流れとともに悠久のアラビアを印象付けられた国でした。
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面積は日本の約80%で、人口は約300万人(うち外国人100万人)。絶対君主制の国です。60年代後半に産出するようになった石油の恩恵で、国民は税金、医療費、教育費の面で優遇されています。結婚する際には土地も安く分けてもらえると聞きました。ただ、そうなると、あまり労働に身が入らなくなるのが人の常で、外国人が様々な場で活躍するようになります。石油が枯渇した後のこと、若年人口が多いことを考慮し、現在、労働のオマーン人化政策を推進しているそうです。日本との関係も強く、日本はオマーンにとって重要な貿易相手国の一つであり、親日的な国です。

大使館では大使夫人による乳香の説明も行われました。乳香は日本では馴染みがありませんが、シバの女王(紀元前1000年頃)の時代からアラビアでは珍重されてきました。乳香というのは傷つけた乳香木から流れ出る樹液が固まったもので、焚くと爽やかな甘い香りがします。キリスト生誕の際に東方の三博士が贈った物の一つでもあります。当時、乳香は金よりも価値があったのだそうです。
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オマーンは世界一の乳香の産地であり、質の良い乳香の採れる国でもあります。オマーンの家庭では香は身近にあり、家の中を清めるとき、くつろぐとき、お客様を迎えるとき、そしてさりげなく帰りの時間を知らせるとき等に焚くそうです。乳香の香りは整腸、消化にも良く、口に含むこともあります。大使夫人は衣服に焚きこめる様子も実演してくださいました。燃え尽きるときに焦げた香りになるので、そうなる前に水をかけて消すということも教えて頂きました。ちなみにドファール地方(オマーン南西部)には世界文化遺産の「乳香の土地(Land of frankincense)」があり、そこにはシバの女王の別荘跡とされる遺跡もあるのだとか。

さて、大使館の入口には「オマーン・スルタン国大使館」とありました。日本の外務省の文書にはオマーン国とあります。伺ってみると、英語での正式国名はSultanate of Omanで、1972年に日本に大使館が開設された際に「オマーン王国大使館」という訳にしていたのですが、Sultanateの訳は「王国」ではないということで、2008年に広尾に移転したのを機にスルタンとそのまま表記するようにしたのだそうです。ところが、スルタンと言っても普通の人には分かってもらいにくいので、口頭では「オマーン大使館」と言っているというご説明でした。

隣国UAE(United Arab Emirates)はアラブ首長国連邦です。今度は、スルタン、王、首長(Emirates)の違いが知りたくなってきました。世界の国々を知るのは興味の尽きないことだと思いませんか。

教授 齊藤眞理子
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by bwukokusai | 2013-07-16 09:00 | 教員コラム

自分との会話は「独り言」。では、自己との「対話」は・・・・「汝自身を知れ」。

ヒトはどちらかというと、おしゃべりな生物なのではないか? 見知ったもの同士が寄り集まると、すぐにぺちゃくちゃとコトバを発し出すし、そうすることで安心感を得ている。もし見知ったもの同士が寄り集まっても、お互いに何も言葉を交わさず、また身振り手振りや表情の変化さえもない状況を想像すれば、それがいかに奇妙で、ある種の不気味ささえも感じてしまうことかがわかる。つまり、ヒトという生物は、騒がしくしていないと落着かず、不安になってしまうという困った性向を持っているようだ。サル山のサルたちは、年がら年中キーキーキャーキャーと騒がしくしているイメージがあるが、実際に観察してみると、意外にも非常に静かだということに気付かされる。
 ヒトは寄り集まって話をする。コトバが交わされ、そこになにがしかの受け答えの状況があれば、それを「会話」と呼んでいる。お互いが自分のしゃべりたいことだけを勝手にしゃべっているだけでは、たとえ相手の話の合間に「そうそう」とか「うんうん」とかいう相槌(あいづち)や間の手(あいのて)を入れていても、会話は成立していない。それでもその場が成り立っているような雰囲気は醸し出されているから、まったく不思議なものだ。きっとコトバに拠らない別の原理でコミュニケーションが成り立っているのであろう(まったく驚嘆すべきことなのだが、コトバで何が伝達されているかはさほど問題ではなく、ただ音声が行き交っていること自体に何かを感得し、意味を見出しているのだろう)。
 それにしても、当世は「××会話」とか「コミュニケーション××」とかいう言説が流行り、賑わっている。そうあることで何らかの安心感が得られているのならば、それはそれで結構なことではあるが。

 閑話休題。
 「会話」というと、どちらかといえば、口からの音声コトバに意味を載せ、感情を込めて相手に伝え合うことに重点があるようだ。勿論、これはひとり二役でもできることで、その場合には「独り言」ということになる。
 これに対して「対話」となると、会話とは似てはいるが、違いもあるようだ。生きた人間同士である場合には、限りなく会話に近くなるが、お互いに正面を向き合って、真面目に話し合うというイメージがある。会話はおしゃべりでも良いが、対話はおしゃべりでは済まされない。
 また、対話の場合には、相手が人間でなくても、その場にいなくても可能である(勿論、かなり比喩的な表現であるが)。夜空の星々と対話することはあっても、会話をすることはないし、他界した親兄弟、親友たちとも対話はできるが会話はできない(会話していればオカルトっぽくなる)。その際、多くは口からの音声コトバではなく、心の中でのコトバが用いられる。さらには、読書の際にもその作品や作者と対話することはできるが、会話はできない。このような対話では、より一層深く、細かく相手の中身や背後にあるものを察知することに重点がおかれる。
 では、対話の相手を自分自身にすることはできるのか? 勿論、できる。つまり、「自己との対話」ということだ。より一層深く、細かく、自分自身の中身、自分を自分たらしめている要因や条件などを知り、理解する(別に自分に納得する必要はないが)ことである。
 人間はよく自分を省みることがあるし、何かにつけて反省したりするが、それをもう一歩先に進めて、忍耐強く「自己との対話」を深めることにまで踏み込んでいけば、往々にして意外なものに出会うことができるようだ。そしてそのような経験・体験(「心験」?)を通じて、人間や世の中についても、また別な視野が広がってくるものだ。「自己との対話」が流行るようになれば、世の中の騒々しさも少しは穏やかになるのではないだろうか。

准教授 窪田 忍
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by bwukokusai | 2013-07-09 10:00 | 教員コラム

私の卒論のテーマ

国際文化コース4年 岩間 有紀

私は、台湾のPTA(家長会)と日本のPTAについて比較し、それぞれのメリット、デメリットについて考えていきたいと思っています。PTAを卒論のテーマにすると言ってもぴんとこない方もいるかもしれませんが、日本では、以前からPTA活動の大変さが保護者(特に母親)の負担になっていて、最近ではPTAの問題が朝日新聞やNHKでもとりあげられています。

日本の従来のPTAは、入会が決められていて、決められた役割をなかなか断れないシステムとなっています。これは、専業主婦だけではなく、仕事を持っている兼業主婦、さらにはシングルマザーやシングルファザーにも当てはまります。仕事と普段の生活で精一杯の親御さんにとって、PTAの仕事はきわめて困難です。それにもかかわらず、拒否できずにやらなくてはならないあり方に疑問を持った方々が立ち上がって、「入退会の自由」と「役職の無強要」を目指そうとしています。「入退会の自由」と「役職の無強要」は、すでに岡山市と札幌市のある小学校のPTAで実現されています。

一方、台湾のPTAはもともと入退会が自由で、もしPTAの役割が振り割られても断る権利があります。それでも台湾の学校はきちんと回っていますし、運営もされています。私は小学校の4年生の途中まで台湾の地元の小学校に通い、小学校の4年生の途中から中学3年まで台湾にある日本人学校で勉強していました。台湾の小学校に通っていた4年生までは「PTA」の存在は私の家では全くと言っていいほど意識に上がりませんでした。ところが、日本人学校に転校したら、急にPTAが母を苦しめはじめたことを私は印象深く覚えています。

3年生のゼミの後半から準備を始め、これまでに、日本のPTAについて本やインターネットを使い情報を集めたりしました。台湾のPTAについてもネットを使い調べました。また、台湾のPTAについては、おじが台湾の中学校のPTA(家長会)の副会長を務めているので、そのおじにインタビューをし、台湾のPTAについての生の情報を得ることができました。台湾では、PTAは経済的にも時間的にも恵まれている一部の有志の人によって運営されているとのことでした。では、日本ではどうなのか。日本のPTAに関わっているいろいろな方々からお話しを伺いたいと思っています。そして、日本のPTAの現状や問題点などを詳しく調査していきたいです。

日本のPTAの全員入会制は良くないと思われがちですが、果たしてそれが本当に良くないことなのか、「PTAの入退会自由」は本当に良いことなのか。私はこのような観点からも改めて考えていきたいと思っています。そして、台湾の自由参加方式と日本の義務的全員参加方式のどちらが子どもたちにとって本当にためになるのかも考えたいと思っています。
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by bwukokusai | 2013-07-02 09:00 | 学生コラム