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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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出会いについて

 3月も残すところあと僅か。草木も芽吹く4月に入り新学期が始まります。入学式や新しいクラスで、今までに話したこともない人達に出会うことでしょう。そこで今日は、この「出会い」について少しお話をしたいと思います。
 私達は毎日の生活の中で、いろいろな人達と出会っています。単に通り過ぎるだけの人。たまたま乗った電車やバスで隣の席に座った人。道や廊下でちょっと挨拶をする人。クラスが一緒になった人など、いろいろな人達に出会います。その人達の中で、心置きなくおしゃべりや悩み事を相談できる人や、卒業後も長くお付き合いする人も出てきます。
 現在の世界人口は約70億人といわれています。よく考えてみますと今、あなたの前にいる人は70億分の1の確率で出会った人です!? 少々数字が大きすぎて分かりづらいかも知れませんので、文化学園大学での出会いについて考えてみましょう。皆さんは数ある日本の大学の中からこの大学を選び、しかも新都心キャンパスではなく、小平キャンパスに通うことを決め、学科やコースを選んだわけです。その中で担任の先生、クラスメートそして教科の担当教師に出会い大学生活を送っています。何か当たり前のことのように思われますが、実は70億分の1の確率で一人ひとりに出会っているのですから、単に偶然とはいえないと思います。何かきっと意味があって私達は人と出会い影響しあうのです。
 私事になりますが、半世紀以上も生きてきてつくづく思いますのは、この何十年もの間、本当にいろいろな人との出会いがありました。30年近くも勤務した文化学園で出会った学生の皆さん・同僚の先生方・事務職の方々は、私が大きな影響を受けた人達で、私の人生の中で大変貴重な存在になっています。その他にも沢山の人達との出会いがありました。いろいろな地方出身で郷土色豊かな日本人、そして文化も考え方も異なる外国の人達――アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人、カナダ人、メキシコ人、スイス人、タイ人、ベトナム人、ブラジル人、チリ人、中国人、台湾人など。私がこれまでに出会った全ての人達から学んだものは、言葉では言い尽くせないほど数限りないもので、私の人生を豊かなものにしてくれました。本当に出会えて良かったと感謝の念にたえません。
 若い皆さんはこれからいろいろな人達と出会うことでしょう。そのひとつひとつの出会いを大切にして下さい。多くの良き出会いがありますよう心から祈っています。

                                                     教授 坂本政子
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by bwukokusai | 2013-03-26 08:00 | 教員コラム

ことばの「意味」を見つける

今年も本学から大勢の卒業生が巣立っていきました。卒業式では例年のように、社会人としての門出を迎えた卒業生へ、教授代表から励ましの言葉が贈られました。「一期一会」「真摯」というキーワードを核とした心にしみるスピーチを聞きながら、ふと、自分にとって社会人としての自分を振り返るときの言葉は何だろうということが頭に浮かびました。

「あなたが自分のカードをごまかしさえしなければ」

これは、須賀敦子という文学者のエッセイに出てくる言葉です。若いころから海外に留学し、日本文学とイタリア文学の翻訳の仕事をされていたほか、大学でも教えていました。文学者としては特にイタリアで暮らした時代を描いたエッセイが有名です。

先の言葉が出てくるのはその中の『ヴェネツィアの宿』です。女性として一人で生きるということの意味を問い直すために留学したヨーロッパ時代のことと、自身の家族の思い出とが、章ごとに交互に語られたエッセイですが、この言葉はイタリアの学生寮の寮長が、彼女に向けて語ったものでした。

『ヴェネツィアの宿』を読んだのは十数年前ですが、その後、折々にこの言葉がふっと思い出されることがありました。今自分がしていることは、「カードをごまかして」いることにならないのだろうか。自分のカードとは何なのだろうか。多くはこのような疑問として浮かび、答えは出ないのです。私には須賀敦子氏のようには自らの人生について突き詰めて問う力もなかったけれど、無我夢中のうちにも何らかの行動と選択を迫られつづける生活の中で、「カードをごまかさないとはどういうことなのか」という疑問だけは記憶のどこかにあったようです。

そのことを思い出し、卒業式の後、『ヴェネツィアの宿』のその個所を読み直してみました。すると、その言葉は、私の考えていた意味とは少し違ったのです。

寮長と筆者は様々なことを深く語り合う間柄になったのですが、あるとき、寮長が「西欧はあまりにも自分の文明に酔いしれている」と西欧批判をします。その西欧に人間の精神的な生き方の意味をたしかめに来た日本人の筆者は反論せずにいられなかったのですが、寮長は「あなたがいつまでもヨーロッパにいたのでは、本当の問題は解決しないのではないかしら。いつかは帰るんでしょう?」と問いかけます。「もちろんです、もうどこにいても大丈夫って自分のことを思えるようになれば」と言い、ただその日がいつ来るかわからないと答える筆者に、寮長はこう言います。

「ヨーロッパにいることで、きっとあなたのなかの日本は育ちつづけると思う。あなたが自分のカードをごまかしさえしなければ」

「自分のカード」とは、日本という生まれ育ちを持つあなた自身ということだったのでした。つまり、「カード」の意味は、私が考えていたより特定的だったのです。

とはいえ、「あなたが自分のカードをごまかしさえしなければ」という言葉は、この話の文脈から切り離されたうえで、私自身の文脈の中では別の意味を持っています。私は誤解していたことを反省し、自分が考えつづけてきた「カード」の疑問を、本文のような「自らの日本人性」という答えで置き換えるべきでしょうか。

そうではない、と思います。
言葉は、おかれた文脈を抜きにしてはその意味は特定できない、とされます。警句とか、金言とかと呼ばれる言葉は往々にしてとても短いもので、それだけに多くの意味を含んでいると言われますが、それは、その言葉そのものが持つ意味が深いというよりは、多様な文脈の中で多様に解釈され得るということです。ある言葉が自分の人生の中でなんらかの意味を持つことを体験することこそが、大切なのではないでしょうか。

卒業生の皆さんには、移り変わる人生のときどきに、自分に必要な言葉を見出していただけたらと思います。多くのものに触れて、様々な人と関わって。

<参考>
須賀敦子『須賀敦子コレクション ヴェネツィアの宿』白水社(白水uブックス)、2001年

准教授 星 圭子


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by bwukokusai | 2013-03-19 10:10 | 教員コラム

真実に迫る

NHKの『沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚』を見て、久々に知的好奇心を刺激されました。沢木は若いころの旅を題材にした『深夜特急』の他、夢と挫折、そして再起をテーマにしたノンフィクションに定評がある作家です。

『ちょっとピンボケ』の中で空爆から帰還した操縦士に「写真屋!どんな気で写真が撮れるんだ(Are these the pictures you were waiting for, photographer?)」と言われ、写真を撮らずに戻るというキャパのエピソードに、沢木はライターとして共通の痛みを覚えたそうです。そして、1988年にはウィーランの著書『ロバート・キャパ』の和訳を手掛けています。

戦争写真家ロバート・キャパ(1913-1954)が世に出るきっかけとなった「崩れ落ちる兵士」という写真はスペイン内戦を象徴するものとされていますが、そのネガが失われてしまっていること、生前キャパがはっきりとその写真について語らなかったことから本当に撃たれた瞬間なのか、どういう状況で撮影されたかについて疑問を呈する人々がいました。沢木もウィーランの本を和訳する過程で、この写真の真偽に疑問を持つようになります。

いつか詳しく調べようと思っていた沢木が動き出すきっかけとなったのは2009年7月にスペインのススペレギ教授が「崩れ落ちる兵士」の撮影場所を特定したと公表したことです。それまでキャパがスペインに入っていた時に激戦の行われた場所の一つ、セロ・ムリアーノというコルドバに近い場所で撮られたとされていましたが、約50㎞離れたエスペホの丘で撮影されたという論文が発表されたのです。

2010年夏に沢木はススペレギ教授にインタビューをします。教授は映像論を専門とする研究者で、曾祖母の写真が本来とは違った文脈で使用された体験を持ち、「本来の文脈を離れて別の意味を付与されるようになってしまった作品について調べる」ことをライフワークの一つとしている方でした。

沢木はススペレギ教授がエスペホの丘にたどり着いた経緯の追証の他、彼独自の検証を重ねます。写真が最初に掲載された雑誌の探索、問題の写真が撮られたときに撮影された一連の写真の入手、さらに、より原版に近いものの入手に努め、それらの写真を精査します。また、戦争体験を持つ人や銃に詳しい人からの意見を聴取し、写真を専門とする人の協力も得ます。現地にも3回赴いています。

エスペホの丘では、キャパがいたころに実戦はないので、最終的に43枚集まった一連の写真は演習を撮ったものということになります。ススペレギ教授は「崩れ落ちる兵士」は三脚を使い、兵士にポーズを取らせて撮ったものだと考えていました。しかし、沢木は問題の写真にリアルさを感じ、何らかの手掛かりを掴めないか写真を何度も見直します。そして発見するのです。「突撃する兵士」という写真にもう一挺銃が写っているのを。そしてその銃の持ち主は「崩れ落ちる兵士」であり、その崩れ始めた姿が捉えられていることを。つまり、倒れるポーズをとったのではなく、偶然に足を滑らせたところを撮ったものなので、リアルさが出たのだと沢木は考えるのです。

一連の写真が2台の異なるカメラで撮影されているのは知られていました。当時のカメラで同一被写体の倒れる動作を異なるアングルから一人で撮るのは可能なのでしょうか。沢木は、実際の撮影地点、撮影順序、使用カメラの撮影範囲などを検証していき、一つの仮説にたどり着きます。それは、問題の写真はキャパが撮影したものではなく、当時行動を共にしていた恋人ゲルダ・タローが撮影したものであるという仮説です。ちなみにゲルダは写真が有名になる前に戦地で亡くなっています。

22歳のキャパが、意図して行ったことではなかったとはいえ、実戦ではなく演習の写真で有名になってしまい、さらに自分で撮った写真でもなかったことから二重の十字架を背負ってしまい、高く評価された写真と「ロバート・キャパ」という名前に追いつくために危険を顧みずに繰り返し戦線に赴いたのではないかと沢木は想像します。

NHKの作品はCGを駆使し、「なるほど」と思わせられるものでした。沢木の発見が国際的に評価されるといいなと思っています。

『文芸春秋』新春号に掲載された「キャパの十字架」は去る2月16日に単行本として発売されました。是非ご一読ください。また、3月24日まで横浜美術館で「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」が開催されています。

参考:沢木耕太郎『キャパの十字架』 文芸春秋2013
ロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』文芸春秋1979

                                                        教授 齊藤眞理子
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by bwukokusai | 2013-03-12 08:00 | 教員コラム

味の素(株)川崎事業所見学記

今週は国際文化・観光学科2年 田中 潤好さんがコラムを寄稿してくださいました。

国際文化・観光学科には、自らの将来について考えを深めるべく、企業を訪問し、経営トップの方からお話を伺う、「キャリアプラニング」という授業科目があります。田中さんは今年この授業に参加し、その体験を報告してくれました。企業の理念や活動、社会との関わりについて多岐にわたる学びが生き生きとつづられています。ぜひお読みください。

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 2013年2月20日、「キャリアプラニングⅡ」(企業を知る)の校外授業で川崎にある味の素(株)の工場見学に行ってきました。まず初めに驚いたのは敷地の広さです。東京ドーム8個分が収まってしまうほどの大きさということもあり、工場内はまるで一つの小さな町のようでした。とても広いので従業員の方はどのように移動するのか伺ったところ、皆さん自転車で移動をしていらっしゃるようでした。
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 工場見学の前に味の素の「川崎営業所」と「R&Dの役割と組織」についてとてもわかりやすいスライドで紹介していただきました。私は日頃料理をするのですが、あまり化学調味料は使わないので正直なところ『味の素』というものがどのようなものかも知りませんでした。しかし、お話を伺っていくうちに味の素はサトウキビをグルタミン酸生産菌で発酵させたものから不純物を取り除き結晶化させたものだと知り、初めは体に悪いものだと思っていましたがこれならぜひ使ってみたいと思いました。また、商品の開発以外にもアミノインデックスの技術を応用して癌リスクのスクリーニングの研究を行なったり、商品の生産工程で出たゴミを残渣と捉えバイオマスエネルギーとして利用していて、3.11東北大地震が起こり電力不足になった時には自家発電の一部を東京電力に送っていたと聞いた時には感銘を受けました。
 1909年に日本での販売をスタートして以来世界各地に社員を派遣し現地の食文化を知り、理解した上で製品開発をしていくという味の素のみなさんの熱意に圧倒されました。自社社員を使い代理店を持たないという徹底した姿勢にはとても信頼性があると感じました。また、私が最も興味を持ったのはKOKO plusの開発についてです。ガーナで2~3年前からスタートしたプロジェクトでアミノ酸とビタミンを強化した離乳食品の開発だそうです。ぜひともガーナのみならず、世界中の困っている人々を研究員の皆様の技術を使って助けてあげてほしいと思いました。
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 昼食は社食でいただきました。広々とした食堂で、主食と副食の種類が豊富で何を食べようか迷ってしまうほどでした。テーブルの上には『味の素』が置いてあり自由に使えるようになっていました。社食はもともと安いのにもかかわらず半額を会社が負担してくれていると聞き驚きました。安くて、種類も豊富でできたてのおいしいご飯が毎日食べられるのであれば仕事に来るのも楽しくなってしまうかもしれないと思いました。また売店には多くの味の素社の製品が売られていて私もいろいろ買い込んでしまいました。
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 昼食後は「味パンダ号」「味パンナ号」に乗り資料館、Cook Doの工場、ほんだし工場を見学しました。以前は工場内にレールが敷かれ荷物の運搬を行なっていたようで現代と過去をまるで行ったり来たりしているような不思議な感覚になりました。ほんだし工場は和テイストの素敵な建物でした。映像等を使用してほんだしができるまでをとてもわかりやすく教えていただきました。最後にはほんだしを使った簡単でおいしい一口サイズのおにぎりをいただきました。とても充実した見学内容で満足していたら最後にまだ面白い体験が待っていました。それは味噌をお湯で溶いたものを『味の素』を入れた状態と入れない状態を飲み比べるものでした。結果は人それぞれだとは思いますが、私は「『味の素』ってすごい!」と感じました。最後の最後にはたくさんのお土産をいただきました。
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 今回のこの工場見学で何事にもチャレンジしてみることが大切なのだと改めて感じました。『味の素』がどういうものなのか、企業として何をしているのか、何をしようとしているのかを知ったことで私の食と科学に関する考え方は大きく変わりました。ぜひ多くの人にこの素晴らしい体験をしてほしいと強く思いました。今回案内や説明等をしてくださった社員の皆様に感謝したいと思います。貴重な体験をありがとうございました。

国際文化・観光学科 2年 田中 潤好

文化学園大学 現代文化学部 国際文化・観光学科のHPはこちら
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by bwukokusai | 2013-03-05 10:00 | 学生コラム