文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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本物を見る感動と楽しさ

 1月14日成人の日、東京にも7年ぶりの大雪が降りました。その中を有明コロシアム(東京都江東区有明・りんかい線「国際展示場駅」)で開催された「スターズオンアイス(STARS ON ICE Japan Tour 2013)東京公演」を見にいきました。
 「スターズオンアイス」は「豪華メダリストが競演する世界最高峰のアイスショー」と謳われ、オリンピックのフィギュアスケート種目やアイススケートの世界大会で金銀銅のメダルを獲得した世界超一流のアイススケーター達が繰り広げるスケートショーです。テレビ東京が主催し、テレビでも放映されましたので、ご覧になった方も多いかもしれません。
 会場の有明コロシアムは開閉式屋根を備えた約1万人を収容するスタジアムですが、ジャパン・オープン・テニス選手権、東レ パン・パシフィック・テニスなどが開催されることで有名です。(以下写真左:コロシアム外観。写真右:コロシアム内・テニス競技・屋根オープン時)
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午前から降り始めた大雪の中を、降り積もった雪で滑りやすい道をゆっくり慎重に踏みしめながら黙々と進む人たちが、古代ローマの円形闘技場コロッセウム(英語でコロシアム)の名を冠するスタジアムに大勢集まりました。(写真左:雪の中を駅から会場へ。写真右:コロシアム入口。)
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 場内は撮影禁止で、様子をお見せすることはできませんが、会場の空気がぼーっと白く煙っていて、眼鏡が曇っているせいかと思いましたが、空気そのものが白くなっていることに気づきました。冷気で空気中の水分が凍って煙っていたのでしょう。雪のためか、会場の埋まり具合は座席の7~8割といったところでした。いつもより厚手のコートを着て、使い捨てカイロも用意したのですが外は大雪、コロシアムの中は冷蔵庫のなかのような寒さで、体は全く温まりません。ショーの始まる頃にはすっかり冷え切っていました。
 雪で交通機関が乱れたため、開演が25分ほど遅れましたが、最初に荒川静香(2006年トリノ五輪金メダル)(以下、選手の敬称略)が登場し、悪天候の中を詰めかけた観客に対してのお礼と、「皆さんの心を暖かくする演技」をお見せするとの、心温まる挨拶でショーは始まりました。
   
 フィギュアスケートは全くの素人ですが、演技は全て素晴らしいものでした。荒川静香の優美なイナバウアー、浅田真央(2010年バンクーバー五輪銀メダル)の華麗さのなかに秘めた貫禄と自信、高橋大輔(2010年バンクーバー銅メダル)の迫力と技術とオーラなど、日本人のレベルの高さが光りました。また、外国人では1976年のインスブルック五輪の金メダリストで未だ現役であるドロシー・ハミルが56歳とは思えないはつらつとした演技を見せ、ジェフリー・バトル(2008年世界選手権金メダル)、フィリップ・キャンデロロ(1998年長野五輪銅メダル)、カート・ブラウニング(1993年世界選手権金メダル)、イリヤ・クーリック(1998年長野五輪金メダル)、エカテリーナ・ゴルデーワ(1994年リレハンメル五輪金メダル)、ジョアニー・ロシェット(2010年バンクーバー五輪銅メダル)、イリーナ・スルツカヤ(2002年ソルトレークシティ五輪銀メダル)などなどの歴代の著名なメダリストたちのエンターテイニングな演技が銀盤上で繰り広げられました。(前半は寒さを我慢していましたが、我慢しきれず休憩時間に売店で毛布を買いました。)
 ショーは、カラフルな照明が織りなす光と影の中での華麗なダンスと回転・ジャンプ、華やかな衣装、肉体の強靱さ・しなやかさ、そして出し物は元気の出るもの、コミカルなもの、優雅なものと、演出にはさまざまな変化と工夫がほどこされていて、大雪と寒さを我慢してでも十分に見る価値のあるものでした。

 スポーツに限りませんが、やはり「本物を直接見る」のが一番というのがこの日の実感です。実物を見るのはTVで見るのとは違い、会場の雰囲気や観客と演技者が一体となった展開(手拍子や歓声)などを味わうことができます。演技者や競技者が発出するエネルギー・感動に、その受け手である観客の熱気が加わって一体としてできあがる、大きな高揚感を感じることができます。観客のパワーを得て演技者・競技者もさらにエネルギーを出していくように思えます。
 今回見た限りでは、有明コロシアムについては、若干施設的な課題(トイレ・売店等)はあるように思えましたが、東京には有明コロシアムを初め立派なスポーツ施設がたくさんあります。「スポーツ観光」という言葉がありますが、スポーツのもつ素晴らしさを多くの人が体験し、感動を味わい、そしてより多くの外国の人々が観光旅行も兼ねて日本を訪れ日本の素晴らしさを知ってもらいたいものです。その意味で、今年9月に決定される2020年のオリンピック開催地が東京になることを期待したいと思います。そのようなことを感じた大雪の一日でした。

                                                       教授 高橋 哲夫
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by bwukokusai | 2013-01-29 08:00 | 教員コラム

水をとおして地球の歴史を探る

 本学には、他の大学にはあまり例のない、コラボレーション科目という科目群があります。様々な分野の先生が互いに協力して授業をするところから名づけられたもので、例年、夏休み明けの9月と春休み前の2月の1週間を中心に、開講されています。
 私は司書課程を担当していますが、コラボレーション科目では一昨年から地球科学に関する科目に、昨年は毎年6月に小平キャンパスで開かれるけやき祭の玄関装飾を制作する科目に協力しています。けやき祭の玄関装飾については、以前当ブログで触れたことがありますので(けやき祭 2010年6月http://bwukokusai.exblog.jp/10851986/)、今回は地球科学に関する科目をご紹介します。
 この科目は、「水をとおして地球の歴史を探る」と題し、地球に液体の水があることから生命が誕生し、その水が命あふれる地球環境を守ってきたこと、たまたま太陽が適度な大きさであったことから100億年という長い寿命を持つことになり、これまでの46億年という地球の歴史の中でゆっくりとした生命進化を支え、幾度と無く襲ってきた大量絶滅の危機を乗り越えて、ついには今日の現生人類の繁栄をもたらしていることへの理解を深めることを目的としています。たまたま、この科目を始めた2011年には3・11の東日本大震災が起こり、地球が生きている惑星であることを理解し、いかにすれば自然災害から生き延びられるかを知ることが、大切であると再認識しました。
 授業では、講義だけでなく映像や野外見学の機会を組み込むことで、理解を助けるように考えました。たまたま、この科目を開講する小平キャンパスは水に乏しかった武蔵野台地にある中では珍しく、水が豊かな日立製作所中央研究所や東京都立殿ヶ谷戸庭園に近いので、見学の機会を設けました。これらは野川の源流部になります。また、小平キャンパスのすぐ近くを流れる玉川上水を歩くと、小平市鈴木遺跡資料館が近くにあることに気付き、昨年から見学コースに追加しました。お鷹の道を歩き、武蔵国分寺を廻って西国分寺駅まで行くコースも魅力的なのですが、9月中旬の猛暑が予想される時期に熱中症の危険を冒すことはできず、実現できないでいます。
 中央研究所庭園や殿ヶ谷戸庭園は、国分寺の繁華街に隣接するにもかかわらず、中に入ると夏でも冷気に包まれ、近くを走る電車や車の騒音が、かえって静寂な空気を引き立てます。学生は「土がむきだしており足場の悪い道や、等間隔に生えていない樹木、冷たい湧水などを体感」することで、「自然の本来の意味を再認識させられました」、「国分寺に源流があるなど思っても見なかったのでとってもびっくりしました」「緑の芝生が異様にきれいであった」などと書いています。中には、また訪ねたいとの希望も書かれていました。皆さんも行かれる際は、中央研究所庭園は春と秋の年2回のみの公開になりますので、ご注意ください。2013年の庭園解放日の日程は現在未定ですが、以下のサイトに発表されます。
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 殿ヶ谷戸庭園は都立の有料公園で、12月29日から1月1日までの年末・年始を除く毎日開園しています。武蔵野の別荘庭園の中でも風致景観を最も良く残し、芸術上の価値も高いと評価され、平成23年9月に国の名勝に指定されました。
 鈴木遺跡は、昭和49年に発見された当時、都内最初の旧石器遺跡でした。武蔵野台地の中に石神井川の谷頭(こくとう)の浸食が切れ込むことで、この遺跡のあたりは、3万年から1万2千年ほど前の時代は水の豊かな環境であり、人々が移動生活を送った跡が遺跡として残ったのです。しかし、その後は水源が下流に移り水が乏しくなり生活の場では無くなりました。その後、江戸時代になり玉川上水が通水し、その水を引き込むことで新田開発が進み人々が移り住み、水車までつくられています。幕末にはその水車を使い幕府が火薬を製造したそうです。これらのことから、水が人々の定住生活に欠かせないことが分かります。その後、都市化の進展により現在のように住宅地に変わりました。この長い歴史が鈴木小学校の工事で発見され、その際に発掘された石器、落し穴、など数多くの品々を小平市鈴木遺跡資料館が保存しています。ちなみに、玉川上水は本学の新都心キャンパスの前を流れていましたが、今では暗渠になっています。資料館では学芸員の方に熱心に説明して頂きました。学生は「鈴木遺跡資料館は小さな建物ですが、旧石器時代の石器や人々の暮らしがよくわかります」と書いています。
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 鈴木遺跡資料館を出てから、新小金井街道の下をくぐって鈴木小学校に抜ける通学路のトンネルを通って、「古代の泉」を見学することができました。
 鈴木小学校は石神井川の谷頭の傾斜地を造成して作られ、新小金井街道はその谷が始まる場所を平坦に造成して通っています。その為、小学校の街道際は高い壁となっていて、壁の足元は水気が多く、地下水がしみだしています。そこで、小学校では「古代の泉」を作られたそうです。案内文には、「この池の水は、土の中から出てきた水で、水道の水ではありません。この水は小金井カントリーや小金井公園をぬけて、石神井川となって隅田川を通り、東京湾まで流れていくのです。ここが石神井川の始まりだということです。この水がいつまでもわき続けるといいですね。みなさんも大切にしましょう。」と書いています。
 古代の泉を見ると、地下水が湧き出して池を作り、確かに池から水が流れ出していることが見えます。これらの水は、小学校から排水されるのですが、表流水とはなっていない様子です。石神井川の源流は河口から小金井カントリークラブ当たりまでは追跡されていますが、この古代の泉が石神井川の源流に当たるかは、意見の分かれる所のようです。
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 この授業では、このようにして講義の他に、近場の見学を組み込んだ3日間の日程を終えました。学生の中には、「あそこまで険しい場所に行くとは想像しがたい」という感想もありました。私のような山深い田舎で育った者とのギャップは大きいようです。しかし、30度を超える日中に決行した体感する授業でしたが、楽しさに気付いたと書いてくれた学生もいましたので、今後も続けようと考えています。

・日立製作所中央研究所庭園
 構内の自然     http://www.hitachi.co.jp/rd/crl/nature.html
 庭園開放日のご案内 http://www.hitachi.co.jp/rd/crl/garden/teien.html 
・東京都立殿ヶ谷戸庭園 
  http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index036.html
・小平市鈴木遺跡資料館
  http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/001/001374.html
                                             教授 瀬島 健二郎
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by bwukokusai | 2013-01-22 09:00 | 教員コラム

絵本『しきじのみっちゃん』に感銘

 幼児が祖父母宛に覚えたての文字で一生懸命に年賀状を書いている姿は実にほほえましいものです。文字を読み書きできることを「識字」といいますが、成人になっても読み書きのできない人は世界で8億人以上いるといわれています(注1)。学校がない、近隣にあっても貧困や戦争等で通学できないからです。
 
 昨年の10月5日、NHKニュース「おはよう日本」で表題の絵本『しきじのみっちゃん』のことが報道されました。家が貧しかったため学校へ通えず読み書きができないまま大人になった人たちが日本にも昔、大勢いました。その人たちのために設けられた文字を勉強する「識字教室」へ35年通った北本ミツ子さんという89歳の女性の半生が絵本にまとめられたというものです。早速NHKへ電話をして「絵本」の制作元を教えてもらいました。東大阪市立長瀬北小学校内の、絵本「しきじのみっちゃん」制作実行委員会事務局へ連絡がつき、すぐに絵本を入手しました。

 黄色の表紙に素朴なひらがなで書かれたタイトルが絵本への親しみをかもしだしてくれます。表と裏の見返しには北本さんが綴った「私と識字学級」、「識字学級での喜び」等の手書き原稿がそのままトリミングされ、文字を読み書きできなかった北本さんとは思えない闊達な漢字や仮名で埋め尽くされているのです。表題紙を開くと、北本さんの生地、蛇草(はぐさ)ののどかな松並木に沿った川で、幼いみっちゃんが食材のしじみをとっている様子が描かれ、おはなしの幕が開きます。
 家が貧しかったため、ほとんど学校へ通えず弟の子守をしながら家事に励みます。家計を助けるためブラシ作りの内職も始めます。結婚をするまで続けました。17歳で結婚をして、男の子に恵まれます。しかし、この子が病を得て病院へ連れて行くのですが、読み書きができないために診察の手続きができず最愛の子を亡くすという悲劇に見舞われるのです。「字 知らんことで、子どもの命まで とられてしもた。字 知らなあかんなあ。」と、心底悔み、悲しむみっちゃんでした。戦争が終わり、シベリアに抑留されていた夫が帰ってきます。夫の廃品回収の仕事を手伝いながら、再びブラシ作りを始めます。村に、学校へ行けなかった人のために「識字教室」ができ、みっちゃんは通い始めます。雨の日も風の日も休まず通い続けます。
 30年以上ずっと「識字教室」で文字を学んできた「みっちゃんおばちゃん」は子どもたちの勉強会によばれて講演や、ブラシ植えの講習会も行います。そして、晴れ着を身にまとった「みっちゃんおばちゃん」に、70年以上前に行けなかった小学校の卒業証書がおおぜいの子どもたちの前で授与される場面で終盤を迎えます。

 この絵本は、貧しいがために学校にも行けなかった時代をよく反映している貴重な証言でもあります。私は、33年前に長編創作児童文学『子守学校』(菅生浩著 ポプラ社 1980)を読み、いたく感動したことがあります。子守学校とは、子守奉公にしばられて一般の小学校へ行けない貧しい子ども達のために明治政府の指示でつくられた学校です。この本は主人公、直吉が福島県郡山の子守学校へ幼子を背負いながら、勉学に情熱を燃やす一方、多くの級友たちとの出会い、別離、様々な出来事に遭遇しながらも自立していく健気な少年像を描いたものです。

 9月8日は「国際識字デー」です。ユネスコによって1965年11月17日に定められ、世界中で式典が行われます。特に女性の識字率が20%にも満たない国々がいまだに存在します(注2)。識字について私達日本人は忘れがちですが、個人と社会にとって識字がいかに重要であるか、識字率をあげていくという喫緊の課題として世界規模で考えていかねばなりません。
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(1) 中村雄祐著 『生きるための読み書き―発展途上国のリテラシー問題―』 みすず書房 2009
(2) 総務省統計局統計研修所編 『世界の統計 2012』 日本統計協会 2012   

                                      教授 宍戸 寛

文化学園大学 現代文化学部 国際文化・観光学科のHPはこちら
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by bwukokusai | 2013-01-15 08:00 | 教員コラム