文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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Homestay in Seattle

今回は国際観光コース2年の小室ななさんから原稿をお寄せいただきました。小室さんは、今年の9月に行われた「文化・語学体験プログラムA」という科目でのシアトルでの2週間の研修について、とくに、その中でもホームステイ体験で学んだことについて、書いてくださいました。
異文化の中でどのようなことを体験し学んだのか、生き生きと描いています。

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 私は今年の夏休みに現代文化学部の文化・語学体験プログラムAを履修し、2週間米国西海岸のシアトルでホームステイをしました。私のホストファミリーはHost Father(39歳)、Mother(39歳)、Brother(8歳)の3人家族でした。FatherとMotherはマレーシア出身で二人ともアメリカの大学を出ています。大学入学と同時にアメリカに来て、大学で出会って結婚したそうです。Fatherは4言語を話すことができ、Motherも3言語話せるそうです。Brotherは小学校で日本語を学んでいます。
 私のホストファミリーはプライベートの教会を開いていて、毎週水曜日と日曜日に私がホームステイしている家にたくさんの人が来ました。いろんな国から来た人たちがいました。その中に大学生が何人かいたので頑張って話しかけて、友達になりました。この教会の目的は「キリスト教を学ぶ」ということでした。水曜日はみんなで夕飯を食べておしゃべりをした後、それぞれが聖書を持参してキリスト教について勉強をしていました。私も一緒に勉強をしました。聖書を読むことは英語の勉強にもなりました。また、日曜日にはみんなで楽器を持ち寄って演奏しながら讃美歌を歌いました。私も和太鼓をやっていた経験もあり、cajon(カホン、写真参照)という箱形のドラムの楽器を演奏させてもらいました。
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 日本に帰る際、Motherが「これを持って帰って英語を勉強しなさい」と聖書をくれました。これまで海外に行っても宗教を学ぶ機会がなかったので今回はとてもいい経験になりました。
 私は今、語学研修を受けたベルビュー・カレッジに来年の9月から留学をしようと思い、英語を頑張って勉強しています。
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国際文化学科 国際文化コース 2年 
小室 なな

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by bwukokusai | 2012-11-27 11:14 | 学生コラム

英語でメル友

 皆さんは、毎日何回くらいメール交換をしますか?たぶん相当な回数をしていると思いますが、主に日本語でしていませんか?国際文化・観光学科2年次の「英語ライティングB」では、授業の一環として英語でメール交換をしています。今回は、この英語でメールをするactivityについてお話をしましょう。
 この授業は選択科目ですので、英語で書くことに興味のある学生が履修しています。いろいろなactivitiesを通して「読み手が理解できる英語を書くこと」が目標です。担当者の私のみではなく、クラスメートやネイティブスピーカーにも理解してもらえる英語を書き、「自分の英語が通じた!」という喜びを実感してもらうために、英語のメール交換を数年前から始めました。前期はクラスメート同士で、少し慣れたところで担当者の私と、そして後期にはアメリカ人大学生とのメール交換です。このアメリカ人大学生は、カリフォルニアの東部にあるレッドランド大学で日本語を履修している学生達で、日本語のみならず日本文化にも興味を持っている若者です。お互いに外国語を勉強しているので、日本語と英語で書き「生の外国語」に触れるactivityとなっています。間違いを恐れず出来るだけ「量」を書きコミュニケーションをとることを目的としていますが、中には「相当量」お互いに書くペアが出てきて、日本人学生は英語で書くことが、アメリカ人学生は日本語で書くことがとてもスムーズになります。
 アメリカ人学生達の日本語は基礎的なものもあれば、2年次、3年次と日本語を継続して履修している学生の日本語は結構すばらしいものもあり、英語のライティングを学習している2年生達にとって良い刺激になっているようです。上手な日本語のメールを相手からもらうと「自分も英語をもっと上手に書かなくては」と力が入るみたいです。「旬の英語」に触れ、コミュニケーションをとることで、お互いを知り、相手の文化にも興味を示し、頻繁にメール交換を行う理想的なメル友ペアも出てきます。「ネイティブスピーカーに英語が通じた」という体験は、「もっと書こう」というモティベーションにつながり、間違いを恐れず「量」を書く練習になっています。
 このメール交換のactivityでは、後期の授業が終わった後も1年、2年とメール交換が続くケースもあれば、せっかく書いて送ったのに、返事が来ないケースもありますが、殆どの学生達にとって良い学びの場になっています。語学の学習のみならず、今のアメリカの若者を知る機会にもなり、又、文化的交流の一環になっているのは喜ばしいものです。

教授 坂本政子

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by bwukokusai | 2012-11-22 16:21 | 教員コラム

脱・あなた任せの日本人

 英語をしゃべりたがらない日本人と、国が自衛能力を持たなくていいと思っている日本人には、共通性がある。それは、あなた任せというところ。むろん、正しく美しいEnglish など皆が出来るようになる必要はない。しかし、Globish (英語をベースとした世界共通語)の方は、あらかたの人が使えるようにならないと、世界における日本の存在感は、消えていく一方だ。日本という国が千年後にも健在な形で存在するためには、グロービッシュと自衛能力は、当然不可欠だ。
 「他国の人とは話しません。自分の国は、守れません。いえ、たいして愛国心もないんですよね」などという国を、誰が本気で相手にするだろう。日本が攻撃を受けた際でも、アメリカ大統領が国益と天秤にかけた上で「日本を守る」と決意しない限り、米軍はまったく行動できない。たとえ米大統領が軍に出動命令を出したところで、その有効期限はたかだか2ヶ月。それ以上の期間については、アメリカ議会の同意が必要となる。反日的議員も多く、日本に不利な法案が年中通っているような議会の同意を得るのは簡単ではあるまい、と元航空幕僚長も案じている。(SAPIO 2012年 11月号)
 だいたい日本文化をさほど大事にしていない日本人に限って、英語の早期教育は必要ないなどと井の中の蛙的なことを言う。私は、茶道、華道にしても筝曲、日本画にしても、和の文化は大好きだ。好きなものならば、他の国の人間にそれについて尋ねられた時には、仕様が無いから英語も使って充分に伝えてやりたい。「おまえが日本語をマスターするまで教えてやらぬ」と言って奥義にだけ辿りつかせようとしていたのでは、日本文化の良さにふれて日本に好感を持つ外国人は一握りに限られる。
 「日本人は10年英語を勉強しているのに、しゃべれるようにならない」と不満げに言う人にも、世界の動向は全く見えていない。日本における英語の授業コマ数は、圧倒的に足りない。TOEFL スコア世界一のオランダ(ちなみに、日本は51位)では、英語の授業数は日本の3倍以上ある。外を歩けばいくらでも英語スピーカーと話す機会があふれている環境である上に、きちんと学校で学ぶ。家に帰れば、ほとんどのテレビ番組が英語で流れ、オランダ語は字幕のみだ。デンマークでは、英米の番組がそのまま流され、ほとんどの番組にはデンマーク語の字幕さえない。マレーシアでは、幼稚園から皆英語を学んでいる。
 他の国は、もっと真剣に将来を見越して行動している。少なくとも、こんな近視眼的な英語教育方針で右往左往してはいない。日本語をある程度マスターしてから英語をやるべき、などという非科学的なことも、絶対に言ってほしくない。あらゆる実験結果が示す通り、大人では気づかないような小差にも敏感な幼児のうちに、舌の動きが固まらないうちに英語の発音は体で覚えさせておいた方がいい。エルとアールの完璧な聞き分け能力は3歳までに培われ、その後自分で正しく発音して口で覚えていれば、スペルをがむしゃらに書いて覚える必要もない。
 ああ、子ども達に外国語をしゃべることへの羞恥心が芽生えるまで充分に待って、ネイティブの子ども達の脳には生まれて10年も15年もかけて入っていく英語の知識を、3年ぐらいで詰め込むという、的確なる英語嫌い製作法を、いったい誰が思いついたのだろう。母音中心に耳と舌の固まったティーン・エイジャー達が子音中心の英語の発音に苦労するのを見るのが、しのびないとは思わないのだろうか?教員達は、現場の声をあらゆる場面であげて、異議を唱えていく他ない。
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教授 久保田 文

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by bwukokusai | 2012-11-13 10:33 | 教員コラム

ハロウィーン(Halloween)


ハロウィーンが終わって1週間が経とうとしているが、近年10月になると至る所にハロウィーンカボチャなどが見られる。今回はハロウィーンの起源について触れてみたい。

ハロウィーンは10月31日の夜に行われる古代ケルト人のサムハイン祭(Samhain)が起源といわれている。 古代ケルト人の1年の終わりは10月31日で新年は11月1日と定められていて、それは太陽の季節の終わりと寒い暗闇の季節の到来を意味した。そして、この時期に霊たちがこの世に一番近づく時期だと信じられていた。 10月31日の夜に死者の霊が家族の元へ戻り、さらに悪霊もこの世に降りてきて作物を荒らしたりすると信じられていた。そこで、この夜にケルト人の宗教であるドルイド教の司祭たちが聖なる樫の木の森に集まり、火を焚いて祈りを捧げた。朝になるとこの火の残り火がそれぞれの家に分け与えられた。この火は悪霊から人々を守り、寒い季節に家を暖かく保った。

紀元1世紀ごろケルト人はブリテン島に侵入してきたローマ人の支配下におかれた。10月31日あたりはこのローマ人にとっては収穫祭の時期であった。ローマ人は収穫を祝うために、この時期に収穫されたリンゴや木の実を果実の女神ポモナ(Pomona)に捧げた。

その後キリスト教の普及にともない、ケルト人のサムハイン祭やローマ人の収穫祭がキリスト教に取り込まれ、諸聖人の祝日である11月1日の万聖節(All Hallow)の前夜祭として位置づけられるようになった。 つまり、10月31日のサムハイン祭と収穫祭が万聖節の前夜祭 (All Hallows Eve) となった。その後、万聖節前夜祭を表すAll Hallows Eveが短縮されてHalloweenとなった。hallowとはアングロ・サクソン語で聖人 (saint) を意味する。

19世紀になるとアイルランドからの移民がこのハロウィーンをアメリカに持ち込んだ。カボチャの中身をくりぬいて中にロウソクを立てるジャコランタン(Jack-o’-lantern) は元々アイルランド等では大きなカブ (turnip) やジャガイモなどが使われていた。しかしこの時期にアメリカではカボチャがよく収穫されるために、カボチャが使われるようになった。

仮装やトリック・オア・トリート(Trick or Treat) は日本でもよく知られているハロウィーンの習慣だが、その他の習慣としてアイルランドなどでは占いをして遊ぶ事が多い。なぜならハロウィーンの時に霊たちがこの世に近づくので、我々の未来を霊たちが教えてくれるからだそうだ。例えば、リンゴやカルカノン (callcannon) と言う食べ物などを使って占いをする。 また、収穫祭の時期でもあるので、リンゴを使った遊びも多い。例えば、リンゴを水に浮かせて口でくわえて取るアップル・ボビング(Apple Bobbing)というゲームなどがそうである。ちなみにフランス語のpomme (リンゴ) は女神ポモナが語源である。

以上ハロウィーンの歴史を簡単にたどってみた。ケルト人のサムハイン祭、ローマ人の収穫祭そしてキリスト教が、宗教や文化を超えて融合したのがハロウィーンである。現代では本来の宗教的な意味合いはほとんど消えてしまっており、特にアメリカでは民間行事としてとらえられている。日本ではアメリカの大衆文化として一部受容されているようだが、起源をたどればケルトにまでさかのぼるのだ。

教授  石田 名都子

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by bwukokusai | 2012-11-06 10:30 | 教員コラム