文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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「個性」のお話

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 やや忘れ去られてしまった感がありますが、夏のワールドカップを連夜ふらふらになりながらテレビ観戦していた中、日本代表の本田選手が帰国直前のインタビューでこんなことを言っていました。

「ロシアの監督には個性を出せってしょっちゅう言われるんですよ。」 

 もちろんロシア語で何と言ったかは見当もつきませんが、ワールドカップで実績をあげ、なおかつロシア語・英語・オランダ語などが話せてしまう本田選手のこと、りっぱに外国語での「個性」の意味を理解しているな、と感心しました。

 日本語でひと口に「個性」と言ってしまうと、その意味はなんでもありになってしまいます。通常、英訳してしまうのは“personality”。でもこれ、ロシアの監督が言った意味としては大きな間違い。“person”からわかるように、これは「人となり」という意味の個性。その人らしさとでも言うのでしょうか、大多数の日本人が日常的に使っている個性がこれ。でもサッカーの試合で「自分らしい性格を見せろ」と言われると思います?
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 英語の個性は“personality”、“individuality”、“uniqueness”など多種多様。“individuality”とは“individual”が示すように「集団」に対する「個」の意味。“uniqueness”は文字通り“only one”。つまり人とは違う個性という意味では“individuality”を、他に類を見ない個性という意味では“uniqueness”を使います。でも、ロシアの監督の言った「個性」にはもっと特別な意味があるはずです。

「君の価値を見せろ。」

 “distinctiveness”は「価値のある特異性」という意味です。「目立って優秀で価値のある人材」、これが海外で活躍する人たちが求められる「個性」です。これから就活する学生さんたちには、ぜひ心に留めてほしい言葉です。
 
                                                      教授 白井菜穂子
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by bwukokusai | 2010-08-31 03:50 | 教員コラム

英語で俳句?

閑さや岩にしみ入る蝉の声  (松尾芭蕉)

皆さんは俳句を作ったことがありますか? 日本の学校に行っていたら、いずれかの年にいくつかは作ったことがある人が多いのではないでしょうか。

「俳句」の前身、「地発句」は江戸初期に連句の一部分を独立させる形で成立したのですが、この第一人者が松尾芭蕉です。5・7・5で、平易で日常的なことばを使いながらも、限りなく風雅な一瞬の情景を詠みあてることで、発句をひとつの芸術にしました。「俳句」と呼ばれるようになったのは明治になってからです。

この俳句ですが、海外にも愛好者がかなりいます。“HAIKU“ということばが辞書に載っているほどです。20世紀の初めにフランスでまず人気が出たのですが、簡潔ながらもイメージの広がりをもつ俳句は海外の文学者に新たな視点を与えました。そして、俳句に魅せられ、俳句に影響された詩を作る人、俳句そのものを作る人も増えたのです。17音という簡便なスタイルの俳句は、文学者だけでなく、日本と同様に一般の人にも広まり、今では世界中に俳句を作る人がいるそうです。英語による俳句として、たとえば、内田園生『世界に広がる俳句』にはこのようなものが紹介されています。
Harvest moon
Floating in the sky
Life suspended
空に浮く名月や人生停まれり (ジョン・ペニー/訳:内田園生)

さて、インドのカレーが日本に定着すれば日本の味になり、日本の寿司がアメリカ西海岸ではカリフォルニアロールになるように、ある文化の産物が海外に出たとき、変容はつきものです。俳句でも同じことが起こりました。

俳句には5・7・5で作るという決まりがあります。日本は1文字1音節ですから、5音節、7音節、5音節ということになり、これが句のリズムを作るわけですが、英語で作句する場合、これを日本語のようにきっちりと守る必要があるのでしょうか。実際作られているHAIKUでは、5・7・5音節のものはそう多くなく、音節数より3行分けという方を重視するやり方もあるようです。

また、音節数のほかに「季語」という決まりもあります。「季語」とは季節を象徴し、聞けばその季節感を含めた情景のイメージが心に浮かぶような単語のことです。これらは、日本語ではたった17文字を芸術にするしかけのひとつとして必要不可欠とされます。

しかし、海外において日本的な季語を用いるのは無理があるのはもちろんですが、その国で「季語」というようなイメージが持てるかどうかというところから違うのです。例えば雨季と乾季の国でどんな季語があり得るでしょうか、また、それは人々に共有される感興をそれほど強く持てるのでしょうか。海外では「季語」がなくても俳句といえるのではないかという議論もあります。日本人としてこの意見に賛成できるでしょうか。

5・7・5でなくても季語がなくても俳句になるのかどうか。これは真剣な問いです。つまり「俳句とは何か」ということが問われているわけです。

自文化のものが海外に行くとき、何がそのもののエッセンスなのかということが強く問われますが、俳句もまさにそのひとつなのです。

参考:内田園生『世界に広がる俳句』角川学芸ブックス、2005年

                                                       准教授 星 圭子
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by bwukokusai | 2010-08-24 10:29 | 教員コラム

二重の虹

先日、台北で国際日本語教育大会が開かれ、行ってきました。桃園国際空港から台北市内へと続く高速道路を車で走っていると、大きな虹がかかっているのに気づきました。車窓からでしたが、副虹も少し見え、忙しさをしばし忘れることができました。その直前台北は驟雨に見舞われたとのこと。虹には十分な雨粒と日差しが必要なのです。

虹を見つけると、すぐに副虹を探す癖があります。
初めて二重の虹を見たときのことは今でも覚えています。大学を出てすぐオーストラリアで日本語を教えていたのですが、クリスマス休暇を利用して友人とニュージーランドを旅行していたときのことでした。場所は北島の真ん中あたりにあるトンガリロ国立公園というトレッキングのできる高地。くっきりとした主虹の外側に副虹がはっきりと見えました。主虹は赤が外側で紫が内側ですが、副虹は赤が内側で紫が外側と色の配列が逆になっているのです。きれいな半円で何か神秘的な思いがしました。ちなみにこの国立公園は90年にユネスコの世界自然遺産、93年に文化遺産の基準も満たし複合遺産に認定されています。

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その後、大学院留学で2年間過ごしたハワイは虹の州と言われています。特に大学のあるマノア谷は、雨がサーッと降った後、虹が良く立ちました。二重の虹も良く見ることができました。ハワイは日差しが強いからでしょうか。虹はいつもくっきりと見えました。

きれいな二重の虹は日本では見られないのかなと思っていました。けれども、京都の大原三千院を訪れた時のこと、「虹の間」に大きな美しい二重の虹が描かれているのを発見しました。きちんと副虹の色も書き分けられています。昔の日本ではこのようにきれいな虹を見ることができたのですね。

ハワイにいたころ、現地の友だちに三重の虹が立つことがあると言われ、半信半疑に期待していたことがあります。

その後、物理学の教授から、虹について伺う機会がありました。三番目の虹は主虹・副虹の見える反対側、つまり、太陽の方向に見えることを教えていただきました。それでは、見るのはかなり難しそうです。でも、いろいろ調べてみると、反射虹、過剰虹などという現象があり、その場合には三重・四重の虹も夢ではないようです。
       
虹に興味を持ったあなた、鈴木孝夫(2009)の『日本語教のすすめ』をご覧ください。「虹にはいくつの色があるか」を初め、言語と文化に関係のある興味深い話が載っています。

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                                                      教授 齊藤眞理子

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by bwukokusai | 2010-08-17 12:19 | 教員コラム

「夏休み」そして読書と思索 ― 学部生だった頃の遠い記憶

あれはまだ学部の学生の頃だった。今から三十有余年前のことである。あまりにも自分がものを知らなさすぎることを実感し、焦りを伴うその持って行き場のない空疎な感覚を悟られまいと、“若さ”を演技していた頃である。

その夏のある日、書店の文庫本の書架に並んでいる薄い一冊が目に止まった。偶然である。「読書について 他二篇」ショウペンハウエル*著 斎藤忍随訳 岩波文庫青帯版(定価は確か300円もしなかった)。
いつものように店頭で軽く立ち読みを始めたが、すぐに立ち読みでは済まされない衝撃を受けた。

「自分の思想というものを所有したくなければ、そのもっとも安全確実な道は暇を見つけしだい、ただちに本を手にすることである。........
「読書は思索の代用品にすぎない。......
「読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。......
「読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。.....
「貧困と困窮は貧者を束縛し、仕事が知にかわって彼の考えを占める。これに反して無知なる富者は、ただ快楽に生き、家畜に近い生活を送る。........」

勿論、彼は読書を否定しているわけではなく、書物を通して学ぶ大切さも説いているが、その際に受動的な読書、ただ単に知識を得るための読書では精神的な自立はできないと言っているのであって、自分で能動的な思索ができること、独立思考(思索)ができることが読書の前提であると言っているのである。書かれていることや言われていることを鵜呑みにして覚え込み、“知識が増えた、賢くなった”と満足しているようでは、知性からは程遠い愚者にすぎない。情報が氾濫し、相反する主張や意見が錯綜する昨今、それぞれの本質を見極めるには、何を措いても先ず思索力を十分に養うことができるかどうかにかかっているようだ。

夏休みが来ると教員もまた嬉しい。日頃はままならない読書、学習、研究、そして思索のために、まとまった時間が取れるからである。教壇に立って講義をする者として学生諸子に是非とも知っておいてもらいたいことは、教員は自分の思索を経ていない知識や技術を伝授しているのではなく、それなりの思索を経たものを講義しているのであり、そして学生諸子も教授されるものをただ鵜呑みにするのではなく、自分の思索を通して吸収するようにして欲しいものである。

思索ってどうすればいいのかって? 講義でいつも実演してるでしょ!

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*ショウペンハウエル:1788−1860年 ドイツ(プロイセン)の哲学者。

                                                      准教授 窪田 忍

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by bwukokusai | 2010-08-10 08:57 | 教員コラム

This is a pen. を日本語にできるか?

This is a pen.
簡単な英語です。しかし、「日本語に訳すことは難しい」と述べた人がいます。森有正という哲学者・仏文学者です。彼は30年近くもフランスの大学で日本語や日本文化を教えていました。

「どうして、日本語に訳せないの? 簡単じゃん」と思う人も多いと思いますが、考えてみてください。
「これはペンです。」
と訳してみます。何の問題もなさそうです。
では、あなたはその日本語を家族や友人に使うでしょうか?
じゃあ、
「これはペンだ。」
とすればいいと思われるかもしれません。
では、その日本語を気の張る目上の人に使えますか?

This is a penは、相手が弟や妹であれ大統領のようなものすごく偉い人であれ、使うことができる表現(中立的な表現)です。でも、日本語には、そのようなどんな相手にも、どんな場合にも使える表現がないのです。

このような日本語の特質を森有正は「現実嵌入(かんにゅう)」という難しいことばで言い表しました。要するに、日本語では、相手との関係性(つまり、「現実」)が文法の中に入り込んできてしまうというのです。

「現実嵌入(かんにゅう)」の例としてもうひとつ森が強調するのが、人称です。
皆さんは、「英語のYOUは日本語の『あなた』」というように理解していると思います。でも、これもちょっと考えてみてください。

英語のYOUは、誰に対しても使えます。弟にも大統領にも。いっぽう、日本語の「あなた」は、目上の人にはふつう使えません。先生やアルバイト先の上司に「あなた」とは言わないはずです。そして、お父さんやお母さんを「あなた」と呼んだこともたぶんないでしょう。HE/SHEの三人称の代名詞も英語では誰を話題にするときも使えますが、「彼/彼女」は目上の人を話題にするときは使いにくいですよね。
お世話になったかつての先生のことを話題にするときに、「彼/彼女、最近、入院したんだって。心配だね」とはふつう言わないと思います。

一人称の「わたし」は、かなり幅広くいろいろな人を相手に使えるものですが、それでも、男性は制限があります。男性の場合、非常に近しい間柄の相手(家族・親友・恋人など)には「わたし」は使いにくいです。

日本語では、このように、人称の用法の中にも、上下親疎の関係、男女の性差が「嵌入」している(つまり、はまり込んでいる)わけですね。

じつは、世界の言語の中で、日本語のような性質をもっている言語は、少数派と言ってよさそうなのです。
留学生との交流や世界の文化や言語を学ぶ中で、自らの日本語を改めて見直してみる。そして、自分の足元に深い世界を発見する。
大学生活の中で、そのような経験をしてみるのも楽しいのではないでしょうか♪

なお、森有正には『経験と思想』(岩波書店)という名著がありますが、読みやすいものとしては、『生きることと考えること』『いかに生きるか』(ともに講談社現代新書)がおすすめです。
                                                      
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                                                   准教授 加藤 薫

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by bwukokusai | 2010-08-03 10:37 | 教員コラム

国際文化学科の学生がAXESS実用検定試験に合格しました

7月10日に実施されたAXESS実用検定試験において、現代文化学部国際文化学科の学生が合格しました。

AXESS実用検定試験とは、コンピュータにより世界の航空会社の情報検索・予約から発券まで一貫して行うシステムの技能検定試験です。本学の観光文化コースでは、正規のカリキュラムに「CRS実務」を取り入れており、この検定試験に備えることのできる全国でも数少ない大学の1つです。

■国内全般2級合格者
瀧 菜々美さん(3年)  東京都立昭和高等学校出身
関 佑里香さん(3年)  私立宇都宮文星女子高等学校出身

■国内全般3級合格者
水越 優美子さん(3年)  私立文化女子大学附属杉並高等学校出身
青島 理佳さん(2年)  茨城県立並木高等学校
中澤 美里さん(2年)  私立文化女子大学附属長野高等学校出身
濱野 花林さん(2年)  千葉県立千葉西高等学校
李 繁美さん(2年)  東京朝鮮中高級高等学校
他 1名

※CRS…リアルタイムで世界中の航空会社に直結して情報検索・予約・発券ができるシステム
※CRS…Computerized Reservation Systemの略
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by bwukokusai | 2010-08-02 17:25 | ニュース&トピックス