文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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2013年 11月 05日 ( 1 )

いまどきの日本語  ― 「ら抜き」と「さ入れ」 ―

「明日、何時ごろ来れる?」
「ちょっと私にも言わさせてください。」

上の例文中の「来れる」「言わさせる」は「ら抜き言葉」「さ入れ言葉」と言われ、「正式」の日本語としては認められていません。しかし、特に若い人の中には「『来れる』『言わさせる』のどこがいけないの?」と思う人もいるでしょう。今日は、その疑問はいちがいに否定されるものではないということをお話ししたいと思います。

まず「ら抜き言葉」から見てみましょう。いわゆる「ら抜き言葉」とは可能の意味の「見られる」「来られる」等を「見れる」「来れる」のように言う言い方のことです。「見る」「寝る」「食べる」等の一段活用動詞と「来る」(カ行変格活用動詞)が可能の意味を表す場合は「~られる」の形が正式の形であるので、「見れる」「来れる」という言い方は、正しい形から「ら」を抜いた形だというわけです。
しかし、ここで立ち止まって考えたいのは、では、「帰る」や「登る」等の五段活用動詞の可能の形は、なぜ「帰られる」や「登られる」ではなく、「帰れる」「登れる」が正式の形になっているのかという点です。「帰れる」「登れる」だって「ら抜き」と言えば「ら抜き」です。でも、それらは批判の俎上には載せられません。なぜでしょう?

実は、明治くらいまでは、「帰る」「登る」「読む」「行く」のような五段活用の動詞も、可能の意味を表すのに「帰られる(r‐areru)」「登られる(r‐areru)」「読まれる(m‐areru)」「行かれる(k‐areru)」と、「~aれる」の形が用いられていました。次の例を見てください。

「何たらいふ骨の多い、いやァな焼肴じゃ。とても喰われたもんじゃない。」(坪内逍遥『当世書生気質』明治18年)

「行かうと思えば何時でも行かれるんですがね。」(夏目漱石『吾輩は猫である』明治38年)

「此窓から望まれるものと言えば、現に丑松が奉職して居る某小学校の白く塗った建築物であった。」(島崎藤村『破戒』明治38年)

「手紙には頷かれない節も多かった。」(徳田秋声『元の枝へ』昭和元年)

現在では「喰える(eru)」「行ける(k‐eru)」「望める(m‐eru)」「頷ける(k‐eru)」(「~eる」)と言うところが、かつては「喰われる(w‐areru)」「行かれる(k‐areru)」「望まれる(m‐areru)」「頷かれる(k‐areru)」のように「~aれる」の形が使われています。現在、しばしば槍玉に上げられる一段動詞等の「ら抜き」ですが、同様の変化が五段動詞においても起こっているわけです。「帰れる」「登れる」が使われ始めたころには、「そんな言い方はおかしい」ときっと感じられていたはずです。

では、なぜ、「~aれる」(られる)から「~eる」(れる)への変化が起こるのでしょうか? これには、合理的な理由が認められます。つまり、「ら抜き」のほうが「言いたいことが誤解なく伝わりやすい」という伝達上のメリットがあるのです。「来られる」と言うと、「いらっしゃる」の尊敬の意味なのか、「試験前に遊びに来られて勉強できなかった」の受身の意味なのか、「明日来ることができますか」の可能の意味なのかはっきりしません。それに対して、「来れる」と言えば、一発で「来ることができる」(可能)だと分かります。
五段動詞においてすでに「ら抜き」が完全に認められているように、今問題とされている一段動詞等においても「ら抜き」が認められるのは時間の問題だと思われます(注)。

「ら抜き」に関連してもう一つ触れておきたい表現があります。「さ入れ言葉」です。これは、五段活用動詞の使役形は、「書かせる」「言わせる」「飲ませる」のように「~せる」となるのが本来の形のところ、「書かさせる」「言わさせる」「飲まさせる」のように、「せる」の前に「さ」を入れたものです。この「さ入れ言葉」には、「ら抜き言葉」のような意味伝達上の効率を高めるといった背景は認められませんが、これにも理由があります。それは、五段活用以外の動詞の使役形は、すべて「させる」で終わるのです。「食べさせる」(一段)、「来させる」(カ変)、「勉強させる」(サ変)のようにです。ということは、五段活用動詞の場合も最後の形が「させる」になれば、日本語の使役形はすべて「~させる」という形で統一されることになるのです。これも、一種の合理化と言えるのではないでしょうか。

(注)なお、第20期国語審議会(平成7年)は、「ら抜き言葉」の合理性と使う人の広がりを認めつつも、本来の形を使うと言う人もまだまだ多いこと、新聞等では「ら抜き言葉」はほとんど用いられていないことなどを理由として、「共通語においては改まった場での『ら抜き言葉』の使用は現時点では認知しかねるとすべきであろう」としています。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/20/tosin03/09.html

<参考文献>
庵功雄他(2000)『初級を教える人のための 日本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク
池上彰(2000)『日本語の「大疑問」』講談社プラスアルファ新書
吉田金彦(1971)『現代語助動詞の史的研究』明治書院


教授 加藤薫


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by bwukokusai | 2013-11-05 09:00 | 教員コラム