文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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2013年 03月 12日 ( 1 )

真実に迫る

NHKの『沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚』を見て、久々に知的好奇心を刺激されました。沢木は若いころの旅を題材にした『深夜特急』の他、夢と挫折、そして再起をテーマにしたノンフィクションに定評がある作家です。

『ちょっとピンボケ』の中で空爆から帰還した操縦士に「写真屋!どんな気で写真が撮れるんだ(Are these the pictures you were waiting for, photographer?)」と言われ、写真を撮らずに戻るというキャパのエピソードに、沢木はライターとして共通の痛みを覚えたそうです。そして、1988年にはウィーランの著書『ロバート・キャパ』の和訳を手掛けています。

戦争写真家ロバート・キャパ(1913-1954)が世に出るきっかけとなった「崩れ落ちる兵士」という写真はスペイン内戦を象徴するものとされていますが、そのネガが失われてしまっていること、生前キャパがはっきりとその写真について語らなかったことから本当に撃たれた瞬間なのか、どういう状況で撮影されたかについて疑問を呈する人々がいました。沢木もウィーランの本を和訳する過程で、この写真の真偽に疑問を持つようになります。

いつか詳しく調べようと思っていた沢木が動き出すきっかけとなったのは2009年7月にスペインのススペレギ教授が「崩れ落ちる兵士」の撮影場所を特定したと公表したことです。それまでキャパがスペインに入っていた時に激戦の行われた場所の一つ、セロ・ムリアーノというコルドバに近い場所で撮られたとされていましたが、約50㎞離れたエスペホの丘で撮影されたという論文が発表されたのです。

2010年夏に沢木はススペレギ教授にインタビューをします。教授は映像論を専門とする研究者で、曾祖母の写真が本来とは違った文脈で使用された体験を持ち、「本来の文脈を離れて別の意味を付与されるようになってしまった作品について調べる」ことをライフワークの一つとしている方でした。

沢木はススペレギ教授がエスペホの丘にたどり着いた経緯の追証の他、彼独自の検証を重ねます。写真が最初に掲載された雑誌の探索、問題の写真が撮られたときに撮影された一連の写真の入手、さらに、より原版に近いものの入手に努め、それらの写真を精査します。また、戦争体験を持つ人や銃に詳しい人からの意見を聴取し、写真を専門とする人の協力も得ます。現地にも3回赴いています。

エスペホの丘では、キャパがいたころに実戦はないので、最終的に43枚集まった一連の写真は演習を撮ったものということになります。ススペレギ教授は「崩れ落ちる兵士」は三脚を使い、兵士にポーズを取らせて撮ったものだと考えていました。しかし、沢木は問題の写真にリアルさを感じ、何らかの手掛かりを掴めないか写真を何度も見直します。そして発見するのです。「突撃する兵士」という写真にもう一挺銃が写っているのを。そしてその銃の持ち主は「崩れ落ちる兵士」であり、その崩れ始めた姿が捉えられていることを。つまり、倒れるポーズをとったのではなく、偶然に足を滑らせたところを撮ったものなので、リアルさが出たのだと沢木は考えるのです。

一連の写真が2台の異なるカメラで撮影されているのは知られていました。当時のカメラで同一被写体の倒れる動作を異なるアングルから一人で撮るのは可能なのでしょうか。沢木は、実際の撮影地点、撮影順序、使用カメラの撮影範囲などを検証していき、一つの仮説にたどり着きます。それは、問題の写真はキャパが撮影したものではなく、当時行動を共にしていた恋人ゲルダ・タローが撮影したものであるという仮説です。ちなみにゲルダは写真が有名になる前に戦地で亡くなっています。

22歳のキャパが、意図して行ったことではなかったとはいえ、実戦ではなく演習の写真で有名になってしまい、さらに自分で撮った写真でもなかったことから二重の十字架を背負ってしまい、高く評価された写真と「ロバート・キャパ」という名前に追いつくために危険を顧みずに繰り返し戦線に赴いたのではないかと沢木は想像します。

NHKの作品はCGを駆使し、「なるほど」と思わせられるものでした。沢木の発見が国際的に評価されるといいなと思っています。

『文芸春秋』新春号に掲載された「キャパの十字架」は去る2月16日に単行本として発売されました。是非ご一読ください。また、3月24日まで横浜美術館で「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」が開催されています。

参考:沢木耕太郎『キャパの十字架』 文芸春秋2013
ロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』文芸春秋1979

                                                        教授 齊藤眞理子
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by bwukokusai | 2013-03-12 08:00 | 教員コラム