文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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2011年 10月 04日 ( 1 )

「上から目線」にご注意

最近よく聞く表現に「上から目線」というのがあります。「上から目線でものを言うの、やめてもらえます?」とか「何で上から目線?」などというふうに使われていますね。

『理系の人々』*1というコミックがありますが、その中に、理系男子とその友達が何かを議論している場面の4コマ作品があります。友達が何かいろいろ論じていると、理系クンはいきなり「ちょっと待って」と言って、その話をいったん中断させます。そして、親指と曲げた人差し指で顎をはさんでしばらく黙って考えた挙句、「うん、確かに言ってる筋は通ってる。続けて」と言って、友達をキレさせるのですね。

「話の筋が通っている」というのは、一見、相手の話をプラスに評価しているとも言えますが、この場合、明らかに失礼ですよね。このような「相手へのプラス評価の表現が裏目に出る」ケースは日常生活にもあります。

たとえば、相手への称賛を表わすつもりで、後輩が「先輩の報告書、とてもよくできてますね」、学生が「先生は授業がお上手ですね」などと言ったり、アルバイト生が「店長、お仕事お疲れ様でした」と言ったりします。すると、先輩や先生、店長は「何、その言い方」とカチンとくるはずです。

でも、プラス評価しているのに、された相手が「失礼だ」と感じるのは、考えてみると不思議な話とも言えます。

語用論の分野では、対人関係をスムーズに進めるための言語ストラテジーについての研究が数多くなされていますが、リーチという学者は、人と人とのコミュニケーションには「ポライトネス(丁寧さ)の原則」という規則があるとして、次の6つの規則を挙げました*2。

1.気配りの公理(他者の負担を最小、利益を最大にする) 
2.寛大さの公理(自己の利益を最小、負担を最大にする) 
3.称賛の公理(他者への非難を最小、称賛を最大にする) 
4.謙遜の公理(自己への称賛を最小、非難を最大にする) 
5.合意の公理(自己と他者との意見の相違を最小に、合意を最大にする) 
6.共感の公理(自己と他者との間の反感を最小に、共感を最大にする)
他者とのコミュニケーションの際、人はこのような規則に従って、人間関係を良好に保とうとしているというのです。

このうちの「3.称賛の公理」から先ほどの例を考えますと、「ほめること」「相手をプラス評価すること」も「ねぎらうこと」も、相手への称賛ですから、人間関係を良好に保つ方に働くはずの行為です。ですから、この公理で行くと、先ほどの理系クンにしても、後輩や学生、バイト生にしても、相手との関係を壊すコミュニケーション方法はとっていないはずなのです。では、なぜ、後輩などのケースは失礼なのでしょうか。

これは、日本語には「目上はほめない、ねぎらわない、評価(プラスでも)しない」という敬語の規則があるためです。「ほめる」「ねぎらう」「評価する」はその行動自体が「上位の立場から下の立場の人間へ」という方向性のある行為です。ですから「相手を評価する」という行動をとると、それだけで、評価した自分は相手より上だと言外に表現してしまうことになるのです。日本語では、先ほどのポライトネスの原則において「相手が目上かどうか」で使用制限があるのですね。つまり、「上から目線」かどうかに非常に敏感、とも言えるでしょう。

ですので、目上の人を面と向かってほめたいときには「よくできている」「上手だ」など直接的に「ほめ」や「評価」を表す表現を使わず、「先輩の作品、感動しました」「店長の時だと私は仕事がやりやすいです」と自分の感想を述べる表現に変換したり、「先輩の作品、色使いが絶妙ですよね」など、全体でなく一部をほめたりという回避行動がよく取られるような気がします。

日本人でも日本語学習中の外国人でも、日本語で一番難しいのは「敬語」であるとよく言います。動詞それぞれに丁寧語、尊敬語、謙譲語の別があるのですから、確かに簡単とはとても言えません。でも、実際難しいのは「行きます、いらっしゃいます、まいります」などを覚えることではなく、それらをある場面で使うかどうかを判断することであったり、決まり文句以外にたくさんある「敬語的意図を含んでしまう表現」を使いこなすことだったりするのです。

さて、前に述べた理系クンですが、プラス評価した相手は目上でなくて友達だったのに、どうしていけなかったのでしょうか。やっぱり、料理を作ってくれた人に対して「ちゃんと料理だね」とほめるようなものだからですかね。

*1 よしたに(2008)『理系の人々』中京出版
*2 鈴木生夫他(2003) 『応用言語学事典』研究社:pp.212-3「リーチの理論」の項参考

                                             准教授 星 圭子

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by bwukokusai | 2011-10-04 12:52 | 教員コラム