文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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2011年 01月 04日 ( 1 )

お正月 ―暦の話―

新年明けましておめでとうございます。お正月、いかがお過ごしでしょうか。a0149405_7212264.jpg

元旦を迎えると慌しい年の瀬からたった1日過ぎただけなのに、すべてが改まったような清浄な気持ちになります。何か特別な日という気がしませんか。

私たちは太陽暦(グレゴリオ暦)の1月1日を元旦として祝いますが、中国・韓国・台湾の留学生の故郷では、旧暦(太陰太陽暦)による正月を盛大に祝います。今年はまだ学期中の2月3日に当たるので、帰国することは出来ませんけれど。

日本でも以前は旧暦を使用していました。旧暦から新暦に変わることになったのは明治5年(1872)のことです。旧暦の11月9日に突然、12月3日を明治6年1月1日とすることが太陽暦採用の詔書により発表されたのです。すでに旧暦による明治6年の暦は発売されている時期に、実施まで20日余りで、人々の生活の基準となっている暦を変えるというのですから恐れ入ります。

当時は庶民だけでなく国も企業もすべて12月が締めであり、改暦を実施するのに一番障害の多い時期であったはずなのに、なぜその時期に突然断行されたのでしょうか。岡田芳朗(1996)によると、財政難の明治政府が考えた人件費節減のための窮余の一策だったようです。当時の公務員の給料はそれまでの年給制から月給制へと変わっていた上、明治6年は閏月のある年(1年に13月がある)であり、閏月分の出費を節約して財政を健全化するために太陽暦の採用を断行したのだそうです。しかも年末に改暦を実施したために12月分の支出も削減することができ(明治5年の12月は2日しかなかったため、月給は支払われませんでした)、2か月分の給料を節減することができたのです。
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文明開化の諸施策が次々に行われている時期でもあり、旧暦は時代遅れと決め付けられました。突然暦が変わったことにより庶民の暮らしが混乱したのは言うまでもないことですが、各地に残っていた旧暦による祝い事も今ではほとんど姿を消しています。正月を迎えて年をとるという旧暦による年齢の数え方も消えつつあります。

韓国では1896年に、中国・台湾では1912年に太陽暦が採用されていますが、それぞれの国で旧正月を始め、旧暦による行事が祝祭日として定められており、守られています。年若い台湾の留学生が誕生日を旧暦でも知っていると聞いて、驚いたことがあります。暦は民族の歴史・文化と密接に結びついたものであり、日本のように祝祭日をすべてあっさりと太陽暦に変更してしまったのは珍しいと言えるのです。

友人が住むマレーシアではお正月が年に4回あるそうです。マレーシアはマレー人、中国人、インド人が住む多民族国家ですが、カレンダーを見ると、太陽暦によるお正月、チャイニーズニューイヤー、ヒンズー教徒のディーパバリ、イスラム暦新年などが祝祭日となり、それぞれの民族の暦と折り合いをつけたものとなっています。

祝祭日や暦からも民族の文化が見えてきますね。
今年が良い年でありますように。

参考
岡田芳朗(1996)『日本の暦』新人物往来社
岡田芳朗(2002)『アジアの暦』大修館

                                                      教授 齊藤眞理子

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by bwukokusai | 2011-01-04 07:34 | 教員コラム