文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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2010年 08月 24日 ( 1 )

英語で俳句?

閑さや岩にしみ入る蝉の声  (松尾芭蕉)

皆さんは俳句を作ったことがありますか? 日本の学校に行っていたら、いずれかの年にいくつかは作ったことがある人が多いのではないでしょうか。

「俳句」の前身、「地発句」は江戸初期に連句の一部分を独立させる形で成立したのですが、この第一人者が松尾芭蕉です。5・7・5で、平易で日常的なことばを使いながらも、限りなく風雅な一瞬の情景を詠みあてることで、発句をひとつの芸術にしました。「俳句」と呼ばれるようになったのは明治になってからです。

この俳句ですが、海外にも愛好者がかなりいます。“HAIKU“ということばが辞書に載っているほどです。20世紀の初めにフランスでまず人気が出たのですが、簡潔ながらもイメージの広がりをもつ俳句は海外の文学者に新たな視点を与えました。そして、俳句に魅せられ、俳句に影響された詩を作る人、俳句そのものを作る人も増えたのです。17音という簡便なスタイルの俳句は、文学者だけでなく、日本と同様に一般の人にも広まり、今では世界中に俳句を作る人がいるそうです。英語による俳句として、たとえば、内田園生『世界に広がる俳句』にはこのようなものが紹介されています。
Harvest moon
Floating in the sky
Life suspended
空に浮く名月や人生停まれり (ジョン・ペニー/訳:内田園生)

さて、インドのカレーが日本に定着すれば日本の味になり、日本の寿司がアメリカ西海岸ではカリフォルニアロールになるように、ある文化の産物が海外に出たとき、変容はつきものです。俳句でも同じことが起こりました。

俳句には5・7・5で作るという決まりがあります。日本は1文字1音節ですから、5音節、7音節、5音節ということになり、これが句のリズムを作るわけですが、英語で作句する場合、これを日本語のようにきっちりと守る必要があるのでしょうか。実際作られているHAIKUでは、5・7・5音節のものはそう多くなく、音節数より3行分けという方を重視するやり方もあるようです。

また、音節数のほかに「季語」という決まりもあります。「季語」とは季節を象徴し、聞けばその季節感を含めた情景のイメージが心に浮かぶような単語のことです。これらは、日本語ではたった17文字を芸術にするしかけのひとつとして必要不可欠とされます。

しかし、海外において日本的な季語を用いるのは無理があるのはもちろんですが、その国で「季語」というようなイメージが持てるかどうかというところから違うのです。例えば雨季と乾季の国でどんな季語があり得るでしょうか、また、それは人々に共有される感興をそれほど強く持てるのでしょうか。海外では「季語」がなくても俳句といえるのではないかという議論もあります。日本人としてこの意見に賛成できるでしょうか。

5・7・5でなくても季語がなくても俳句になるのかどうか。これは真剣な問いです。つまり「俳句とは何か」ということが問われているわけです。

自文化のものが海外に行くとき、何がそのもののエッセンスなのかということが強く問われますが、俳句もまさにそのひとつなのです。

参考:内田園生『世界に広がる俳句』角川学芸ブックス、2005年

                                                       准教授 星 圭子
文化女子大学 現代文化学部 国際文化学科のHPはこちら
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by bwukokusai | 2010-08-24 10:29 | 教員コラム