文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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上手に頼めますか?


留学生対象の「日本語会話」の授業で「頼み方」というテーマを扱ったことがあります。

簡単なことを頼むのなら「消しゴム貸して」と一言言うだけで済むのですが、「100万貸して」と一言しか言わなかったらおかしいですね。また、同じ消しゴムを借りるのでも知らない人に借りるのでは話の流れが変わってきます。頼みにくい状況や内容であるほど、「貸してください」というお願いの言葉のほかに、いろいろ説明が必要になるわけです。

では、頼みにくい場面では、どんな説明を、どんな順番で、どんな表現で言えばいいのでしょうか。それには典型的な構造があります。負担が大きいことを頼む場合、日本語テキストのモデル会話では、話の流れはだいたいこんな感じになっています。(【 】内は言うべき項目)

  【話しかける合図】   例)今、ちょっといい?
  【頼む予告】       例)頼みたいことがあるんだけど。
  【相手の都合の確認】 例)再来週の日曜の午後って時間あいてる?
  【理由】          例)実はその日、演劇部で公演をやるんだけど、チケットのノルマがすごいんだ。
                   ひとり50枚売らなきゃいけなくて…。
  【相手への謝罪、迷惑への言及】 例)ちょっと高くて悪いんだけど/無理ならいいんだけど、
  【依頼】          例)チケット買ってくれないかな?
  【代償】          例)バイト代入ったら、なんかおごるから。
  

いつでも全種類言わなければならないと言うことはありませんが、これらは、頼んだり頼まれたりするときはたぶんこういう内容をこういう流れで言うだろう、という社会的な共通理解になっているので、違反すると「今この状況で、あれを言わないの?」「何でこんなことを言うの?」という違和感を呼び起こし、「感じが悪い」「頼み方がなってない」という判断を相手から下されかねないことになります。

ですので、「日本語会話」の授業では、まず上のような「言うべき項目と流れ」のパターンを確認しました。その後、役割を決め、頼む側頼まれる側に分かれてロールプレイをやってみました。

ですが、留学生の発話は、なぜかこの流れどおりにならないのですね。直前に流れを確認したはずなのに、「相手の迷惑がわかっている」ことを示す表現がなかったり、「頼みたいことがある」という前触れなしに、理由を非常に長々と述べてその間何が言いたいのかわからなかったり、理由を説明する前に唐突に頼んだり、日本人としては失礼だと感じる例がいくつも出てきたのです。どうして直前に練習したとおりにならないのか、と不思議に思いました。

ですが、単語や表現なら外国語に簡単に変換できても、話の流れについては、自分の国のものと違うと話し手が強い違和感を覚えるため、外国語のパターンに合わせづらいということがあるのではないでしょうか。

このことについて、大変興味深い研究があります。笹川(1999)では質問紙を使い、ある場面で他の人に依頼する場合に何と言うかを、日本、韓国、中国などの人たちに母語で書いてもらって調査しました。その場面とは「自分の所属している演劇サークルの公演で今度自分が主役をするが、そのチケットを周りの人に買ってもらう」というものです。

「悪いんだけど、このチケットを買ってほしいんだ」
日本人の回答結果を見ると、先ほど紹介した流れに即した表現をするようです。依頼するということは自分の利益のために相手の時間や行為を束縛することなのだから、申し訳ないという気持ちを示しつつ、遠慮がちに「助けてほしい」と言うのが典型的なやりかたで、また、依頼をする側もされる側も「お返しがなければならない」と想定する傾向があるそうです。

「このチケットを買ってくれるのはあなたしかない」
韓国人はまったく違うようです。まずは、その人が親しい知り合いであるかどうかで依頼がしやすいかどうかが決まり、親しい人でない場合依頼を断る場合も多いそうです。では相手が親しい場合はどうかというと、今度は遠慮自体が「水臭い」行為として好まれないため、頼み方は直接的になるのだそうです。また、頼むときは「あなただからこそ頼める」という相手との絆の強さを強調し、相手の「面子」に訴えるのだそうです。

「チケットがたくさんあって売りきれない。助けてくれ」
笹川(1999)では、中国人同士は大変なことでも簡単なことでも日本人より気軽に依頼したりされたりし、頼まれたら断りにくい、と紹介されています。先に述べたように依頼は相手を束縛するものとする日本人は依頼を相手に対して申し訳ない行為と考えがちですが、中国人にとってはそうではなく、「依頼される」ということは「それ相応の能力がある」と評価されたということで「面子」が得られることであるため、依頼することそのものが相手に敬意を払うことになるのだそうです。そして、日本人のような遠慮の表現を付け加えることはほとんどないということです。

この笹川(1999)の研究結果に従えば、それぞれの国の人は日本流の「依頼の流れ」に違和感をもつはずです。韓国の人は「友達なのに何でこんなに遠慮するの?」と、中国の人は「相手を認めて依頼しているんだから、無理ならいい、とか言ったらおかしいでしょ」と。その違和感はそのまま「それって、相手に失礼でしょ」という価値観につながるので「日本語ではこういう流れと表現で依頼する」と授業で習っても、気持ち悪く感じておいそれと自分の口には出せないということではないかと思います。

とはいえ、長く日本にいれば自然にこのような流れが身につく人もいて、日本的な依頼の流れですんなり話している人に「お国のやり方と違いますよね」と聞くと、「あ、本当に違いますね、何でだろう」と初めて気づいたりもするようです。そういう人は、日本文化の価値観と自文化の価値観を無意識にうまく使い分けているのでしょう。ことばは文化のなかで使われるものなのだとつくづく感じました。

引用文献:
笹川洋子(1999)「アジア社会における依頼のポライトネス(for you or for me)について~日本語・韓国語・中国語・タイ語・インドネシア語の比較~」『親和國文34』、pp154-181

准教授 星 圭子
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by bwukokusai | 2014-12-16 09:00 | 教員コラム