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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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訴えられたPTA(熊本PTA裁判に寄せて)

 日本のPTAの問題を日本社会の問題と関連させつつ考察しています。(注)
 きっかけは、もう11年ほど前のことになるのですが、妻がPTAとのトラブルで学校に行けなくなり、中学からは妻の代わりに私が学校に出向くようになったことでした。学校に出向いてPTAと身近に接するうちに、日本のPTAには非常に大きな問題があることに気づかされました。
 問題というのは、ひとつには、PTAが保護者に会員になるかどうかの選択の機会を与えずに自動的・強制的に会員にしてしまうことです。もうひとつは、保護者の意向や事情にお構いなく負担の重い仕事を押し付ける場合があることです。

 PTA問題は、ここ数年、社会的にずいぶん注目されるようになりました。作家の川端裕人氏が『婦人公論』でPTAの問題について連載をしたのが、2007年春からの一年間(2008年の秋に書籍化。『PTA再活用論──悩ましき現実を超えて』中公新書ラクレ)。川端氏の問題提起が呼び水になって、ブログ等でPTAのあり方について発言する人が何人も出てきました(私もその一人です)。2009年には、PTA問題を考えるための総合サイト、「Think! PTA!」も開設されました。
 そのような「世論」の盛り上がりに背中を押される形で、2010年には、文部科学省が都道府県教育委員会宛ての文書の中で、PTAが任意加入の団体であることを再確認することになりました。この文科省の動きを受け、ある県の教育委員会では、以後年度の節目ごとに、県内の市区町村の教育委員会のPTA担当者に対して、PTAが任意加入の団体であることを周知徹底するよう要請するようになりました。長年「自動加入」のPTAを容認してきたある市の教育委員会も、それまでの態度を大きく改め、任意加入の周知に向けて動き出しました。
 このように文科省やそれに呼応して一部の教委が動いたものの、任意加入の情報は残念ながら一人一人の保護者にはほとんど届くことはなく、依然として、学校現場では、強制的な加入と役職の強要が行われ続けました。そうした状況に大きな一石を投じたのが、2012年の年始から2013年の春までにわたり繰り広げられた、朝日新聞のPTA問題についての一大キャンペーンでした。記事の一部は、WEB新書としてまとめられています。
・「PTA不要論 誰が誰を支えているのか」
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahi/asahishimbun/product/2012052800003.html

 そのような流れの中で、2013年の5月には、NHKの朝の情報番組「あさイチ」でPTA問題が大きく取り上げられました。PTAで理不尽な目にあわされている保護者の姿が伝えられると同時に、PTAには加入義務などなく、本来任意加入の団体であることが示されました。そして、NHKで大きく取り上げられたことで、「PTAは義務ではない」ことが多くの保護者の知るところとなったのでした。また、2013年のほぼ同じ時期には、憲法学者の木村草太氏(首都大学東京准教授)が、朝日新聞紙上(2013年4月23日)で、PTAの強制加入は、「結社しない自由」を侵し、違憲であるとの見解を表明しました。
http://www.asahi.com/edu/articles/TKY201304230010.html
2013年は、読売新聞も、PTA問題について四回の連載記事を掲載しています。

 今年に入ってからも、日本経済新聞(2014年1月21日夕刊「PTA嫌い解消へ試行錯誤」)、毎日新聞(2014年4月21日「PTAは罰ゲームか」)が大きくPTA問題を取り上げました。週刊誌のAERA(アエラ)は、2014年3月3日号の「横暴すぎるPTA役員選び 切迫早産なのに免除されない」を皮切りに、すでに都合4回、PTA問題をとりあげており、今後も引き続き記事にしていくようです。
AERA(アエラ)の記事は、WEB新書にもなっています。
・「もはや暴力!PTA役員選び 「平等」な強制無償奉仕の現実」
http://astand.asahi.com/webshinsho/asahipub/aera/product/2014052700002.html

 このようにPTA問題は今や日本の「社会問題」になったと言っても言い過ぎではない状況になっています。PTA問題をブログ等で真剣に考察・追及する人も本当に多くなってきました。ところが、現場の学校・PTAの反応は鈍く、2014年度においても、入退会自由で、役職の押し付けのないPTAは、残念なことに、日本全体を見渡してもほんの数校しか確認されない状態なのです。
 そんな中、起こるべくして起こったと言うべきか、熊本市で、PTAの運営方法をめぐり裁判が起こされました。原告のお父さんは、入退会が自由の団体であることを知らされないまま加入申込書等なしに会員にされてしまったことや、退会の申し出をしたのに認められなかったことを不当としてPTAを訴えたのです。一方、被告であるPTAの会長さんは「入会や会費納入を強制した覚えはない。PTAの冊子で、任意団体という説明もしてある」(熊本日日新聞)とし、争う構えです。
参照:朝日新聞デジタル版(2014年7月3日)
http://www.asahi.com/articles/ASG726600G72TLVB00N.html
熊本日日新聞(2014年7月3日)
 
 原告のお父さんが訴えた「強制」の問題は、多かれ少なかれ、日本のほとんどすべてのPTAに認められる問題です。そのような意味では、訴えられたのは、いわば日本のすべてのPTAであるとも言えるのではないでしょうか(被告側のPTAの弁明にもしっかりと耳を傾けたいと思っています)。
 文部科学省の「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」による『人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]』(2008年3月1日)には、「人権教育が効果を上げうるためには、まず、その教育・学習の場自体において、人権尊重が徹底し、人権尊重の精神がみなぎっている環境であることが求められる」とあります。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/report/08041404/002.htm
 子どもたちの教育・学習の場たる学校が、はたして「人権尊重が徹底し、人権尊重の精神がみなぎっている環境」となりえているのか。今回の裁判は、我々一人一人がこの重要な問題を考える絶好の機会になるように思います。

(注)PTAについては、以前にこのブログでも話題にしています。合わせてお読みいただければ幸いです。
日本語とPTA -「主体性と公共性」の希薄さをめぐって―
・「ネット」の力 ― 仙台市教育課題研究発表会に参加して


<参考文献>
加藤薫(2012)「日本型PTAに認められる問題点 ―ないがしろにされる『主体性』―」『世間の学』VOL.2,日本世間学会
川端裕人×木村草太(2014)「大きな慣性に逆らって――父親たちの語るPTA」WEBRONZA・SYNODOS JOURNAL
http://webronza.asahi.com/synodos/2014040700001.html

教授 加藤 薫
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by bwukokusai | 2014-07-22 10:59 | 教員コラム