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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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さくらさく

春になり、小平キャンパスの桜も満開になりました。よく言われることではありますが、もやのような薄紅色が無骨な幹に支えられて空いっぱいに広がる情景、花びらが風とともにくるくる舞い散り、歩く人を取り囲んで流れる情景など、千年を超えてその時代時代に流行する歌に詠まれてきた美しさは、やはり凄いものです。来年度、国際文化・観光学科は現代文化学部移転に伴い、新都心キャンパスへ移ることになっています。今年で見納めという気持ちと桜の花のありようがシンクロして感慨深いです。
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桜の開花とともに、今年も新入生が小平キャンパスにやってきました。この大学生活が彼らの人生において大きな学びと成長の時期になるようにと願っています。

国際文化・観光学科は、多様な文化と、そのような文化を持つ人たちにどう向き合うか(具体的な形を取るなら日本を訪れる外国の観光客にどうホスピタリティをもって接するかなど)を学ぶところですし、大学そのものが、答えの確定しない問いの答えを得るために、いろいろな意見をたたかわせながら、知恵を合わせるところです。大学の中ではいくどとなく今の自分とは異なる存在や考え方に出会うと思いますが、それらを曇り(偏見とか)なく認識し、今の自分にはない新しいものの見方を発見し、わくわくしてほしいです。

ただ、異質なものは今の自分を否定する部分を持つこともありますし、それを認めたら自分の立場が成り立たなく見えることもあります。日常生活の中では、そういうときに相手を攻撃する気持ちにならないと相手の論理に飲み込まれ自分が保てなくなることもあります。でも、攻撃はある意味弱さのあらわれで、異質な何かは、自分の論理は何かを見つめなおし自分自身はどんな立場で存在なのかをつかみなおす手がかりとなっているのも確かではないでしょうか。それも学びの機会です。

さらに、どちらかの論理だけが正しいからそっちを取る、というのでなく、異なる意見でも互いの主張のその奥を探って、どこかに理解可能な部分があるという前提で考え、それを見つけることができれば、そこからハイブリッドでより強靭な考え方、やり方が見つかる可能性もあります。

「その奥を探ろうとする」気持ちがなければ、自分と違うものを否定することが自分の論理や価値を守ることだということになります。他者の否定を声高に言う風潮はあちこちにあります。ですが、そこから何かが生まれるものだとは思えませんし、逆に自分自身を細らせていくのではないでしょうか。学生の皆さんはそれに損なわれないでいてほしいと思います。

先週の授業で、「小学校や中学のとき他の国から来た同級生がいて、言葉が通じなかったり、考え方がこっちと違っていると思うことも多かった。それがすごく面白いと思って、勉強しようと思った」と言った学生さんがいました。自分と違うことに出会うことは本来楽しいことでもあるのだと改めて気づかされて、頼もしく思いました。


准教授  星 圭子

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by bwukokusai | 2014-04-15 10:00 | 教員コラム