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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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コリー・テンボーム博物館 Ⅲ

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 哀歌第2歌には次のように歌われている「幼子は母に言う、パンはどこ、ぶどう酒はどこ、と。都の広場で傷つき、衰えて、母の懐に抱かれ、息絶えてゆく」、「女がその胎の実を、育てた子を食い物にしている」ダビデ、ソロモンにより建設された神殿都市エルサレムがバビロニアにより包囲され、もはや食べるものがなくなった際の悲惨である。そのような辛酸を、歴史の中で繰り返しなめざるをえなかったユダヤ人。空腹・飢餓というものはまさに実体験してみない者にはそれがどれほど厳しいものかはわからない。

 しかし、人間は困窮に喘ぎ、苦難を味わったからといって、他の者の苦しみに涙する者となるとは限らない。艱難が、試練が玉を創り出すわけではない。アウシュビッツを経た民は、必ずしも他の困窮する民の苦悩に思いを巡らしてはいない。イエスを待つまでもなく、すでに『旧約聖書』「レビ記」において、「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように、隣人を愛しなさい」と命ぜられている。イスラエルはアブラハム契約に基づき、パレスチナの地は自分たちのものである、と主張する。しかし、アラブ人たちもアブラハムの子孫ということになっている。アラブ人もイスラエル人の隣人である。アブラハム契約の中心は、アブラハムの民によってすべての民に平和が訪れるべし、である。「主である私は、恵みを持ってあなたを呼び、あなたの手を取った。民の契約、諸国の光として、あなたを形造り、あなたを立てた」(「第1の僕(しもべ)の唄」の付論、『イザヤ書』42章6節)。万国の平和実現こそ、ヤハヴェによってイスラエルの民との間で交わされた契約ではなかったのか。

 2012年11月29日国連総会において、パレスチナ機構の「国家」へと格上げ決議がなされた。この決議に反対したのは主要国では、イスラエル、アメリカ、チェコ共和国である。イスラエルは制裁として、ヨルダン川西岸地域に3,000戸の住宅を建設すると宣言し、代替徴収(イスラエルの港湾を使ったパレスチナ側の貿易については、関税をイスラエルが代わりに徴収し、その後自治政府に送金している)した100億円の税収をパレスチナ側に当初の約束通り送金することをしない。優越した経済力と軍事力に依存して、果たして彼らは終末を迎えることができるのであろうか。

教授 木村 清次
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by bwukokusai | 2013-09-10 09:00 | 教員コラム