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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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コリー・テンボーム博物館 Ⅱ

前号「コリー・テンボーム博物館」はこちら

ハーレム(オランダ)は昔ながらの小路の多い、実に美しい街である。テンボーム家はこの街の中心にあるマルクト広場に隣接する街角で時計店を営んでいた。コリーの父カスパーはキリスト教信仰に基づき、地下レジスタンス活動に加わり、多くのユダヤ人を自宅にかくまったのであった。隠れ部屋は、たんすの背後に開けられた穴の向こう側にあった。1944年2月にこの家は家宅捜査され、ユダヤ人やレジスタンス関係者は収容所に送致された。父カスパーや姉のベッツィは収容所で死亡した。コリー一人あとに残された。ナチズムのユダヤ人狩りは執拗かつ過酷なものであり、あらゆる手段を駆使し彼らを探索した。ヴィルケナウ絶滅収容所所長ルドルフ・ヘスは次のような証言をしている。

「一度など、ある女は、ガス室の中から、あるユダヤ人家族のアドレスを、下部隊長に教えさえした。また、その身なりや態度からして賤しからぬ暮らしをしていると思われる男の一人は、服を脱ぐとき、私に一冊の手帳を渡したが、それには、ユダヤ人をかくまっているオランダ人の家族のアドレスが、ずらっと書きとめてあった。」(ルドルフ・ヘス著『アウシュヴィッツ収容所』サイマル出版会1972年)

その事実の真偽を明らかにするすべはもはやない。しかし、大いにあり得たことであろうことは容易に理解できる。

『旧約聖書』「哀歌」第4歌は救済の希望と裏切り者への呪いで終わる。

「娘エドムよ、…。お前にもこの杯は廻って来るのだ。その時は、酔いしれて裸になるがよい。…娘エドムよ、罪の罰せられる時が来る。お前の罪はことごとく暴かれる。」

エドム人とは、ヤハヴェ信仰の祖アブラハムの孫であり、イスラエル12部族の祖ヤコブの双子の兄であるエサウの子孫たちである。ユダヤ人にとってはいわば同族の民である。南ユダ王国を裏切り、敵についたエドム人に対し、絶望の中において、さらに復讐を願う。
(以下、9月10日に続く)
                                           教授 木村 清次
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by bwukokusai | 2013-05-21 08:00 | 教員コラム