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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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世間学と日本語

 明治になり近代化がなされ、私たち日本人は「社会」で暮らしているつもりになっているが、実は、日本には「世間」はあっても「社会」と言えるようなものはないのではないか。私たちは自らが日々を生きる「場」の実態に光を当てるべきである。
 そのような問題意識から設立されたのが以前にもご紹介した日本世間学会です。
(以前の拙紹介:http://bwukokusai.exblog.jp/13575548/)
そして、その学会の設立に強い影響を与えたのが、歴史学者の阿部謹也氏です。
 阿部氏が「世間」の特徴として指摘するものに、「贈与・互酬の関係」と「長幼の序」があります(その他に、「共通の時間意識」、「差別性・排他性」、「神秘性」なども指摘されている)。

 「贈与・互酬の関係」とは、お中元やお歳暮、香典やご祝儀に対するお返しなどの慣習に見てとれる、「お互い様・もちつもたれつ・もらったら必ず返す」の関係と言えます。いっぽう、「長幼の序」とは、年上か年下か先輩か後輩かがとても大切にされるということです。
 日本社会のあり方と「贈与・互酬の関係」や「長幼の序」を結びつけて理解することに疑問を感じる人もいるかもしれません。お中元やお歳暮の習慣も以前ほどではなくなってきているようですし、「長幼の序」も今ではなくなってきているのではないかと感じる人もいるでしょう。また、そのような性質が認められるとしても、それを特に「日本」と関係させて理解することに対して疑問を感じる人もいるでしょう。
 このような問題については、今後、比較社会学や文化人類学的研究が必要なのだと思われますが、ここでは、日本語論の観点から一言もの申してみたいと思います。

 日本語の中には、「贈与・互酬の関係」と深く関わるものとして注目すべき表現があります。「授受表現」です。
 英語なら「give」の一語で表現されるところが、日本語では、自分が相手に「与える」ときには「あげる」、いっぽう、相手が自分に「与える」ときには「くれる」と、「あげる」と「くれる」の使い分けがなされます。

 He 【gave】 it to me. (彼は私にそれを【くれた】。)
 I 【gave】 it to you. (私は彼にそれを【あげた】。)

 このような使い分けは、世界の言語の中で日本語以外には南アフリカのマサイ族の言語くらいにしか認められないと言われています(中国語や韓国語も英語と同様、自分が与え手であれ受け手であれ一つの動詞が使われます。中国語「給」、韓国語「주다(チュダ)」)。

 そして、「あげる・くれる」のもう一つ注目される特徴として、「良いこと」にしか使われないということが挙げられます。つまり、「損害を相手にあげる」という言い方は基本的にはできません。それに対し、英語の「give」、中国語の「給」、韓国語の「주다(チュダ)」などは「悪いこと」にも使われます。
 つまり、日本語の「あげる」と「くれる」の使い分けは、自分が恩恵の与え手側なのか受け手側なのかに日本人が強いこだわりを持つことの現われではないかと考えられます。

 さらに、授受益の補助動詞「~てあげる」「~てくれる」「~てもらう」の存在も特徴的です。
日本語では、「相手が自分に対して何かよいことをした」場合には、「~てくれる」か「~てもらう」をつけないことには自然な表現にはなりません。
 「道に迷っていたら、親切な人が駅まで案内した。」は変で、ふつうは「道に迷っていたら、親切な人が駅まで案内してくれた。」などと表現されます。
 そして、「~てくれる」「~てもらう」のような授受益の補助動詞を持つ言語もやはりかなり限られた言語だけなのです。
 この補助動詞の使われ方からも、日本人が贈り贈られること(つまり、「贈与」)に関して並々ならぬこだわりを持っていることが見えてくるように思うのです。

 スペースがなくなってきてしまいましたが、「長幼の序」については、日本語の大きな特徴とされる敬語の存在と符合することはすぐに気づかれることだと思います。さらに「共通の時間意識」等の、その他の特徴についても、日本語の側からその裏付けをすることが出来るように思っていますが、その話は、また別の機会に。

参照文献
Newman,John(1996)Give:A Cognitive Linguistic Study.Berlin:Mouton de Gruyter.
山田敏弘 (2004)『日本語のベネファクティブ ―「てやる」「てくれる」「てもらう」の文法―』明治書院


追記 世間学と日本語をテーマとして、この秋の第28回日本世間学会研究大会で、「世間と日本語に通底するもの -主体性と第三者的視点の欠如-」と題して発表する予定です。

教授 加藤 薫

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by bwukokusai | 2012-10-10 06:50 | 教員コラム