文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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郷土の森

 毎年、夏には老いた母と兄夫婦が暮す、生まれ育った郷里に帰っています。
 郷里は岡山県で、吉備高原と中国山地に挟まれた盆地の縁の小丘陵の谷間の一番奥になります。谷間の奥の峠が隣の谷に続き、中国地方では峠のことを乢(たわ)ということから、戸坂乢と呼んでいます。南には海抜418mの古見山、東は戸坂乢、北は401mの鞍懸山があり、西側だけが盆地に向かって開けている狭い谷間で、わずかな田畑と山林で暮らしを立ててきました。春から秋は農業、冬は林業に従事するという生活パターンでした。私は高校生までそういう田舎で過ごしました。
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 純農村地帯であった故郷には、昭和40年頃までは農業に山林の恵みが欠かせなかったので、谷間の奥に古くからの地域共有の入会地が残されていました。そこで育った木材を使い、冬場は炭焼きが盛んでした。その為、山にはどんな小さな谷や尾根であっても道が作られ、夏には道作りの共同作業が地域の全戸に課せられた。子供達には、春の山菜、秋のキノコや栗等の収穫に欠かせない山道でした。
 その入会地の役割は農業の機械化によりその役目を終え、地域住民に細かく分割された。分割直後は植林などで山に入る人が居たが、その後は少なくなった。50年経った現在では、せっかくの植林が大きくなっても山道が通れない為に枝打ちなどの手入れができず、雪や風の被害を受け、山は荒れ放題になってしまった。
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 こうした山道を苦心惨澹して登った先は、人の営みが消し去られ、獣の世界が広がっていった。かつての貧しい農村では、たとえどんなに狭い山中であっても、耕作可能な平地があれば開墾して田畑を作っていた。現在では、機械化できない田畑は放棄され、植林されたりして原野や森に戻ってしまった。水が多い場所は、イノシシが泥浴を行う泥田場になっていたりします。この先、山林の維持・管理がどのようになっていくのか、不安を覚えています。
 帰京する前日、短時間に30㎜ほどの激しい雷雨が降りました。丁度、買い物の為に町中に出ていて、排水溝から水が激しく噴き出すのを見ました。市街地では、道路に雨水が溢れる程の激しい雷雨でしたが、帰宅して谷間を流れる小渓を見ると水量に全く変化がありません。大雨が降ると水量が増えて川の水が濁るのですが、この程度の雨量では何時もと変わらない澄んだ穏やかな流れでした。山を見ると、森から霧が立ち昇り、雲に水蒸気を供給しています。森が雨を受け止め、雨が霧に変わることでさらに多くの雨を降らせて森が育ち、保水と治水の役割を果たしていることが良く理解できる光景でした。
 森がこうした役割を果たし続けるためにも、郷土の森を守っていく必要が有ると実感した今回の帰省でした。

教授 瀬島 健二郎

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by bwukokusai | 2012-09-04 13:52 | 教員コラム