文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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水晶宮(The Crystal Palace)

イギリスのエリザベス女王が今年即位60年を迎えられ、夏にはロンドンでオリンピックが開催される。今年はロンドンに世界の注目が集まりそうだ。

ロンドンと言えば、最初の国際博覧会(通称、万国博覧会)が開催された場所でもある。この最初の博覧会は、1851年5月1日から10月15日までロンドンのハイドパークで催され、「大博覧会(The Great Exhibition)」とも呼ばれた。この博覧会の会場となったのが水晶宮(The Crystal Palace)と呼ばれる建物である。今回はこの水晶宮について少し触れてみたい。

それまでのヨーロッパ建築はすべて石やレンガ作りであったのだが、この水晶宮はガラスと鉄のみを使った巨大な温室構造の建築物であった。この建物は数々の温室を手がけたパクストン(J. Paxton)により設計され、プレハブ工法の先駆とも言われている。幅約560メートル、奥行き約120メートル、高さが約30メートルもあるこの光り輝く博覧会会場はその外観から水晶宮と呼ばれるようになった。建物そのものが博覧会の最大の目玉展示物であり象徴でもあった。1845年にガラス税が廃止されるまでガラスは贅沢品であり鉄も大量生産できないものだった。しかしヴィクトリア女王の時代(1837-1901)に入ってから産業技術の発展がめざましくガラスと鉄の大量生産が可能となり、それまでの時代と比較するともっとも繁栄した時代となった。博覧会はこの時代の繁栄を象徴するイベントであったし、水晶宮は当時の先端技術の粋を集めた建築物であった。

この博覧会を推進したのは、ヴィクトリア女王の夫であるアルバート公であった。アルバート公は国民の生活に配慮し税金ではなく寄付によって開催を実現させようとした。また諸外国を訪問し博覧会への参加を積極的に促した。その結果この博覧会は大成功を収めることとなり、当時のイギリスの国威を世界に誇示する絶好の機会となった。

博覧会終了後人々の要望により水晶宮は取り壊されることなく1854年にロンドン郊外のシデナムに移築された。移築後その規模を拡大し、植物園、博物館、コンサートホールなどを持つさらに巨大な施設として生まれ変わった。しかし残念なことに1936年の火災により焼け落ちてしまい跡地は公園となっている。1862年には日本の文久使節団の一員として福沢諭吉もここを訪れたと言われている。 

参考文献
松村昌家 『水晶宮物語』筑摩書房、2000年
吉田光邦 『万国博覧会:技術文明史的に』改訂版 日本放送出版協会、1985年

                                               教授 石田 名都子

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by bwukokusai | 2012-02-21 14:53 | 教員コラム