文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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政治指導者とは

昨年の12月に、北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が亡くなり、三男の金正恩(キムジョンウン)氏が後継者の地位に就きましたね。それより1年ほど前に、チュニジア、エジプト、リビアなどのアラブの国々で、大規模な反政府活動が起きた結果、長年続いた独裁政権が次々と倒れ、現在これらの地域では政権交代への動きが前例の無い速度で進んでいます。今年は、台湾(1月)、ロシア(3月)、フランス(4月)、アメリカ(11月)、韓国(12月)で大統領選挙(台湾は総統選挙)が行われ、中国においても秋に開催される共産党大会で党の指導部が一新されるとの見通しが報道されています。ですから、2012年は世界の政治指導者の顔ぶれが大きく変わる年になるかもしれません。

皆さんは、政治指導者に何を求めますか? 「誰がなっても同じ」「何も期待しない」なんて言わないでください。人々が政治に対して投げやりになると、必ずと言っていいほど政治の質は劣化します。また、極端に困難な状況に陥ると、私たちは目の前の問題をすぐ解決してくれそうな「強い」指導者を求めがちですが、これも警戒しなければならないでしょう。ヒトラーが登場した状況を思い出してください。第一次大戦に破れ、一方的な戦争責任と法外な賠償金の支払いを要求されたドイツは、続いて起こった「大恐慌」と呼ばれた世界的な大不況の中で、その影響を最もストレートに受けました。国の存続すら危ぶまれる状況下で、ドイツ国民が選んだ指導者が対外侵略をてこにして自国の再興を図ろうとするヒトラーであったわけです。

では、私たちはどのような政治指導者を選ぶべきなのでしょう? これは古今東西を問わず、私たちが問い続けてきた永遠のテーマかもしれません。その証拠に、政治学者の数だけ政治指導者論が存在すると言っても過言ではありません。代表的な例をひとつ挙げます。第一次大戦後のドイツ社会の混迷を直視した政治学者(あるいは社会学者)の一人であるマックス=ウェーバー(1864―1920)は、ある講演において、政治指導者が備えるべき資質として「情熱、責任感、判断力」を挙げました。大学者の言葉にしては平凡な言回しに聞こえますか? この3条件は政治学関連の研究書では「定番」に位置づけられるくらい有名なものですが、私が注目したいのは、ウェーバーがこのとき誰に向かって話していたかです。

1919年1月、ウェーバーはミュンヘンの大学生の依頼にこたえる形で、「職業としての政治」*という題で講演を行いました。当時の若者は先の見えない不安を抱え、現実より理想を語りがちだったそうです。講演者を選ぶ際にも、現実を分析する「学者」よりドイツ社会の行く先を明示してくれる「指導者」を求めていたと言われています。一種の「現実逃避」状態にあった学生を前に、ウェーバーは「すべての政治は暴力のうえに成り立つ」と政治の最もあからさまな部分から話し始めました。一言お断りしておきますと、彼が「暴力」と呼んでいるものは、より一般的には強制力あるいは強制力を持つ組織(たとえば、軍隊や警察組織)のことであって、これを排他的に掌握しているのが権力者(近代国家においては政治機構)ということになります。ウェーバーは、政治家は自身が暴力(装置)を伴う政治権力を持っていることを自覚し、それに押しつぶされないような強靭な「倫理観」を備えた者でなければならないとし、特に求められる資質として先の3条件を挙げたのです。強い強制力を行使できる立場にいるからこそ半端ではない「責任感」が求められます。また、非常事態に陥ったとしてもそれに飲み込まれれることなく事態をありのままに「判断」し、打開策が容易に定まらなくても解決への「情熱」を抱き続けることができる、とそんな人物が政治指導者にふさわしいと述べたわけです。

「ウェーバーの御眼鏡に適う人などいるわけもない」と結論を出すのは簡単ですが、私にはこれは若者に向けた彼の強いメッセージだったように思います。「まず、自身が困難な現実から目をそらすことなく確かな『判断力』を養って欲しい。その上で、『責任感』をもって政治指導者を選び、彼らを『情熱』的に育てていって欲しい」と。選ばれる政治指導者だけでなく選ぶ側にとっても、この3条件が大切になるのではないでしょうか。

*この講演の内容は、後年2冊の著書として出版されました。日本語訳は、脇圭平訳『職業としての政治』と尾高邦雄訳『職業としての学問』で、どちらも岩波文庫です。このエッセイでとりあげたのは前者の方です。
  
                                               教授 中沢 志保

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by bwukokusai | 2012-01-10 09:10 | 教員コラム