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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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二十一世紀の大学像

今日、大学教育改革の最大のポイントは、一体何に求められるだろうか。それには先ず、一般教養を再評価することから始まるだろう。すなわち、一般教育それは幅広い教養教育科目を重視した大学教育像を、しかも今の時代にあった多種多様化社会に対応する科目の充実だと考えられる。言い換えれば、新しい時代・社会にむけて、大学とは何か、大学教育とは如何にあるべきか。あるいは大学における学問というのは如何にあるべきか。さらに学生は、今どういう状況に置かれ、社会の激動する変化への適応そして就職として考えたうえで、彼らは何を求めているのか。等々について客観的に再考する必要がある。つまり、十九世紀以降ヨーロッパ大学から姿を消している一般教養を現代的な観点から問い直すことが、今、緊急で何よりも大切な課題だと考える。アメリカ型リベラル・アーツ(教養科目としての語学・芸術・歴史・哲学・文学など)の再考である。
 J・オルテガが、その著書『大衆の反逆』(1930年)の中で近代社会は、民主主義や科学技術を享受するが、その本質や価値に無関心な「新しい野蛮人」(知性の欠如した大衆)が増大すると予言している。この知性の欠如した大衆の典型が科学者・大学教授であり、彼らは「専門主義の野蛮性」に陥っている、と鋭く問題を指摘した。そうした重大問題を克服すべく、彼は『大学の使命』(1930年)の中で、一般教養の時代に合った改革を説いている。今や日本の大学では従来のような空洞化した一般教育の理念は完全に通用しない。その内容は形骸化していると考えられる。いつの時代・社会にあっても、大学は「学問の府」として学識知性に溢れ、高い人格・人間性と高い見識、さらに教育者の使命と情熱をもつ研究者が求められていると思う。
 私の理想は専門主義に陥った、片輪的偏屈な人間性ではなく、文武両道そして豊かな感性と知性、それは文学も音楽も宗教もあらゆるものを一通り解する、余裕ある遊びごころの人であり、感受性のある全人的健康的人間のことである。特に二十一世紀の現代社会においては、大学の学問・教育は社会的、経済的な効用効果性がつよく要請されている。このことは日本だけに限らない。世界的に共通する動向であるといえよう。

                                                        教授 新保 哲

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by bwukokusai | 2010-11-03 08:32 | 教員コラム