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文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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奇跡の救出劇

先日、南米チリのサンホセ鉱山の落盤事故から69日目、閉じ込められていた作業員が救出される様子は世界中の人々が注目していました。救出作業開始から22時間半後に33人目、最後の1人として現場監督のルイス・ウルスアさんが生還したときには歓喜に包まれました。ウルスアさんが救出後「担当のシフト業務を終えましたので、貴殿に引き継ぎます。このような事態が二度と起きないことを願っています」と大統領に語る報道をみて、そのカッコよさに私も込みあげるものがありました。

落盤直後からのウルスアさんの冷静で強いリーダーシップが、33人の生存につながったことは、当初から伝えられていました。わずかな食料を無駄にしないように1人当たり、小さじ2杯分の缶詰のマグロ、牛乳1口、ビスケット1枚を1日おきに分配したり、新たな落盤に備えるための見張り役や、記録係、メンテナンス係など作業員一人ひとりに役割を与えたりすることで、集団をまとめたりとまさに大黒柱の役割を担ったのです。しかし、彼1人の活躍だけでなく、33人全員の絆があってこそ、犠牲者を出さないという奇跡につながったと思います。今後、ウルスラさんだけでなく、33人全員がどのように69日間をシェルターの中で過ごしたのかが明らかにされるでしょう。

ところで、このニュースを日々見るなかで、昭和のはじめ頃まで日本の鉱山や炭鉱に存在した「友子(ともこ)制度」のことが思い出されました。友子制度には、さまざまな役割がありました。熟練の坑夫を養成するために「親分―子分―兄弟分」という封建的な関係の中で、厳しい規律のもとに仕事をする仕組みであり、もう一方で、何かのとき(病気・怪我・失業・冠婚葬祭)には助けあう相互扶助の仕組みでもありました。「一山一家」という言葉もあって、1つの鉱山は全体で1つの家族であるという関係が築かれていたのです。

友子制度は、近代的な労働組合制度の確立によって姿を消していきましたし、ましてや、チリの鉱山の事情はわかりません。ただ、鉱山で働くということは命がけのことです。それだけに高いチームワークが求められるのであり、チリのこの鉱山でも普段から密接なコミュニケーションをとれる関係がつくられていたと想像するのです。アメリカの文化人類学者、エドワード・T・ホール(*1)は「文化とはコミュニケーションである」と言っています。彼らの固い絆で結ばれた関係は、「鉱山労働者文化」と呼べるかもしれません。たまたま、乗り込んだエレベーターが故障した場合のように、他人同士が同じ状況になったとしたら、たとえウルスラさんのようなリーダーシップを持つ人がいたとしても、全員無事に生還することは難しいでしょう。

一方で、今回の生還は「鉱山労働者文化」の賜物とだけは言い切れません。地上からの救出チームには、オーストラリアやアメリカなど鉱業技術の高い国が参加し、掘削のための高度な技術協力がありました。様々な知恵と技術が結集して、当初想定されていた4ヵ月という期間を半減することができたのです。また、精神的なケアを行うために米国のNASAの専門家グループが活躍しました。ちなみに日本からは、グンゼが開発した宇宙飛行士用の下着などの支援物資が送られました。また、地下の様子を映した小型カメラは日本メーカーのものでした。日本の技術も一役買っていたのです。

こうしてみると今回の奇跡の救出劇は、ローカルな鉱山での労働者文化と、グローバルな国際社会の協力ネットワークがもたらしたものだといえるのではないでしょうか。
――――――
*1 エドワード・T・ホール(Edward T. Hall)1914-2009
アメリカの文化人類学者。対人距離に関する研究で知られる。著書に『かくれた次元』(みすず書房)『沈黙のことば』(南雲堂)など。

                                                       助教 栗山 丈弘

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by bwukokusai | 2010-10-19 07:35 | 教員コラム