文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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My First Homestay

1975年8月、私は初めて日本から出て、アメリカのシアトル市でホームステイを体験しました。いささか古い話になりますが、お読みくだされば幸いです。

成人式のお祝いも要らない、アルバイトをしてお金もためるからと言って、渋る両親を説き伏せホームステイに申し込みました。当時は成田空港開業前で、混雑してゴミゴミした羽田空港から一晩経つと、整然としてモダンで新しいシアトル・タコマ空港に到着し、別世界に降り立ったと感じました。シアトルは海と湖と緑が印象的なとても綺麗な都市で、見るものすべてに目を見張る3週間を過ごしました。

当時のカラー写真は色あせてしまい鮮明でないのですが、一枚だけお見せします。世界的に有名な飛行機製造会社、ボーイング社の見学に行った時、大きな工場内に、これまたとても大きな「飛躍」という書が掲げてあったのです。どなたが書いたかは聞きませんでしたが、その達筆に、日本から来た私たち学生は驚き、アメリカの企業が漢字を掲げていることに、嬉しさを感じたものでした。
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私は自分のホスト・ファミリーよりも、友人のホスト・ファミリーと仲良しになり、そのホスト・ファミリーの友人である日系アメリカ人ご夫妻と知り合いになりました。その日系アメリカ人のご主人はボーイング社勤務でした。あの「飛躍」という書は、漢字圏から来る訪問者を喜ばすだけでなく、社員も奮い立たせていたのでしょう。

思えば、1975年8月は私にとっても「飛躍」の時でした。英語は中学から習ってはいたけれども、学校英語の範囲内で、ろくにしゃべれず、聞き取れず、シアトルでは毎日冷や汗の連続でした。英語を実際に使うことの重要性にあらためて気づき、帰国後は、英語を使う機会を求めてボランティア活動に応募し、その縁で大学4年の夏から国際交流の仕事のお手伝いを始めるようになりました。シアトルでの「飛躍」は、私の生き方も変えたと思います。

そして、今、文化女子大学のホームステイ・プログラムが偶然にもシアトルで毎年実施されています。シアトルはその後さらに発展し、 Microsoft、 Starbucks、 Safeco Field (Ichiroが活躍するSeattle Marinersの本拠地) という魅力的な見学先も加わっています。シアトルと言えば、常にあの「飛躍」の夏を思い出す私は、学生にホームステイをすすめています。学生の大いなる「飛躍」を期待して。

                                                     教授  城 由紀子
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by bwukokusai | 2010-09-21 08:41 | 教員コラム