文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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This is a pen. を日本語にできるか?

This is a pen.
簡単な英語です。しかし、「日本語に訳すことは難しい」と述べた人がいます。森有正という哲学者・仏文学者です。彼は30年近くもフランスの大学で日本語や日本文化を教えていました。

「どうして、日本語に訳せないの? 簡単じゃん」と思う人も多いと思いますが、考えてみてください。
「これはペンです。」
と訳してみます。何の問題もなさそうです。
では、あなたはその日本語を家族や友人に使うでしょうか?
じゃあ、
「これはペンだ。」
とすればいいと思われるかもしれません。
では、その日本語を気の張る目上の人に使えますか?

This is a penは、相手が弟や妹であれ大統領のようなものすごく偉い人であれ、使うことができる表現(中立的な表現)です。でも、日本語には、そのようなどんな相手にも、どんな場合にも使える表現がないのです。

このような日本語の特質を森有正は「現実嵌入(かんにゅう)」という難しいことばで言い表しました。要するに、日本語では、相手との関係性(つまり、「現実」)が文法の中に入り込んできてしまうというのです。

「現実嵌入(かんにゅう)」の例としてもうひとつ森が強調するのが、人称です。
皆さんは、「英語のYOUは日本語の『あなた』」というように理解していると思います。でも、これもちょっと考えてみてください。

英語のYOUは、誰に対しても使えます。弟にも大統領にも。いっぽう、日本語の「あなた」は、目上の人にはふつう使えません。先生やアルバイト先の上司に「あなた」とは言わないはずです。そして、お父さんやお母さんを「あなた」と呼んだこともたぶんないでしょう。HE/SHEの三人称の代名詞も英語では誰を話題にするときも使えますが、「彼/彼女」は目上の人を話題にするときは使いにくいですよね。
お世話になったかつての先生のことを話題にするときに、「彼/彼女、最近、入院したんだって。心配だね」とはふつう言わないと思います。

一人称の「わたし」は、かなり幅広くいろいろな人を相手に使えるものですが、それでも、男性は制限があります。男性の場合、非常に近しい間柄の相手(家族・親友・恋人など)には「わたし」は使いにくいです。

日本語では、このように、人称の用法の中にも、上下親疎の関係、男女の性差が「嵌入」している(つまり、はまり込んでいる)わけですね。

じつは、世界の言語の中で、日本語のような性質をもっている言語は、少数派と言ってよさそうなのです。
留学生との交流や世界の文化や言語を学ぶ中で、自らの日本語を改めて見直してみる。そして、自分の足元に深い世界を発見する。
大学生活の中で、そのような経験をしてみるのも楽しいのではないでしょうか♪

なお、森有正には『経験と思想』(岩波書店)という名著がありますが、読みやすいものとしては、『生きることと考えること』『いかに生きるか』(ともに講談社現代新書)がおすすめです。
                                                      
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                                                   准教授 加藤 薫

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by bwukokusai | 2010-08-03 10:37 | 教員コラム