文化学園大学 国際文化・観光学科ブログ“小平の風”

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贈る言葉

私もこの3月に教員として文化女子大学を卒業します。私は21年前にこの大学に赴任しました。翌年担任を持ち、初めてフレッシュマン・キャンプに参加し、そこで大いなるカルチャー・ショックを受けたのです。その時のキャンプのテーマは「国際的とは?」であり、最初に学長先生の講演がありました。その中で「日本人でも伊能忠敬や南方熊楠のような国際的仕事をした人がいる」という一節がありました。寡聞にして私は南方熊楠という人のことは全く知りませんでした。伊能忠敬については、日本中を歩き回り測量して、正確な日本地図作成をした人というような朧な知識はあったのですが、熊楠については全然でした。ずっと後になって、熊楠という人は地衣類を専門とする植物学者で、彼の名が学名になった地衣類を発見したこと、また明治19年に今では権威ある国際的科学雑誌『ネイチャー』に論文を投稿し掲載されたことなどを、知りました。

自分のことを振り返ってみますと、私にとって音楽といえば西洋のクラシック音楽、芝居といえばオペラや西欧演劇であり、大学でも英文学を専攻し、特にルネサンス時代の英詩や演劇に興味を持ち、それが今日まで続いています。ですから、邦楽や歌舞伎や能や日本の思想家などについては殆ど触れることなく来てしまいました。その結果、私にとって「国際的」とは欧米のことだったのです。その後も新しく出来た文学部の軌道作りに忙しく、私はもっぱら英米の文学や文化の科目を担当してきました。

しかし、最近私が関わっている国際文化研究科の大学院にはアジアからの留学生も多く、留学生には日本研究だけでなく、付随して欧米のことも学んでもらいたく比較文化研究の手法をとっています。私の場合は日英比較で、最近のテーマの一つが「歌舞伎におけるシェイクスピアの受容」です。

例えば、『ヴェニスの商人』は明治19年に宇田川文海によって『桜時銭の世の中』という歌舞伎に翻案されています。シェイクスピアの方は16世紀頃のヨーロッパの貿易都市ヴェニスが舞台であり、歌舞伎の方は江戸時代の大阪・難波が舞台です。二つの芝居の雰囲気は随分違いますが、原作の二つのエピソードは歌舞伎の方にも殆どそのまま踏襲されています。一つは借金の担保に胸肉1ポンドを要求する人肉裁判の場面で、もう一つはヒロインが自分の結婚相手を決めるのに三つの小箱から答えを求婚者たちに選ばせる場面です。

原作では金、銀、銅の三つの小箱で、それぞれにヒントになる言葉が書かれています。金の箱には「これを選ぶ者は全ての人が欲する物を得るだろう」、銀の箱には「これを選ぶ者は分相応の物を得るだろう」、銅の箱には「これを選ぶ者は全ての物を失うだろう」というのです。しかし、正解は銅なのです。真実を得るためには命をも賭けて挑戦すべしという厳しい倫理観が要求されているのです。

一方、歌舞伎の方は金、銀、鉄の箱に変わり、ヒントはなく、選んだ者がその理由を述べます。金、銀を選んだ者は金、銀は高価な金属で、価値ある女性にふさわしいと述べ、鉄を蔑視します。鉄を選んだ者は鉄こそ最も実用的で、最も役に立ち、安価なので全ての人に平等だと述べます。やはり正解は鉄であり、よく言われる日本人の特質である和の精神にも繋がる気がします。

20年前の私なら、シェイクスピアの方しか評価しなかったと思いますが、今ではどちらの人間観がより優れているかが問題ではなく、我々にとってどちらも共に必要であると実感します。将来、皆様が何かのディレンマに立たされたとき、特に異文化摩擦によるディレンマに立たされたとき、このことを思い出し解決のヒントにして下されば幸いです。そして、文化女子大の卒業生として国際社会でも羽ばたいて下さるよう願っています。
                                
                                                        教授 根岸愛子

文化女子大学 現代文化学部 国際文化学科のHPはこちら
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by bwukokusai | 2010-03-26 17:32 | 教員コラム